葉山の森戸神社(撮影:2007年5月16日)


1)森戸海岸を南に進むと森戸岬の岩礁に遮られます。


2)みそぎ橋。森戸川を渡ります。


3)森戸神社の拝殿と本殿。


4)森戸神社の拝殿。


●森戸神社『御由緒』

今から約840年前の永暦元年(1160年)、平治の乱に敗れ伊豆に流された源頼朝公は、三嶋明神(現在の静岡県・三嶋大社)を深く信仰し源氏の再興を祈願しました。

治承四年(1180年)、そのご加護により旗挙げに成功し天下を治めた頼朝公は、鎌倉に拠るとすぐさま信仰する三嶋明神の御分霊を、鎌倉に近いこの葉山の聖地に歓請し、長く謝恩の誠をささげたと伝えられています。

「吾妻鏡」によれば、歴代将軍自らこの地を訪れ、流鏑馬、笠懸、相撲などの武事を行ったといいます。また、災厄が生じると加持祈祷が行われ、七瀬祓の霊所としても重要な地であったとされています。

源氏はもとより鎌倉要人に崇敬され、特に三浦党の祈願所でもありました。また、北条、足利諸氏の崇敬も篤く、天正十九年(1591年)には徳川家康公より社領七石が寄進されました。延宝二年(1674年)に徳川光圀公、明治二十五年(1892年)には英照皇太后陛下のご参拝を仰ぎました。

現在も葉山の総鎮守として、町内はもとより近郷近在より多くの参拝者が訪れています (神社庁指定神社)。


5)奉納された砲弾。戦艦三笠の艦砲のものという説があります。


6)狛犬。足元にこどもの狛犬を抱いています。けっこうファンが多いらしいです。


7)昭和天皇即位の御大典記念碑と、堀口大学詩碑「花はいろ、人はこころ」。


8)石原裕次郎記念碑。神社から海岸に出ると正面に建っています。


9)千貫の松。


●森戸神社『千貫松』

神社裏手の磯辺の岩上に切り立つ松の木で、その枝ぶりは見事なものです。源頼朝公が衣笠城に向かう途中、森戸の浜で休憩した際、岩上の松を見て「如何にも珍しき松」と褒めたところ、出迎えの和田義盛は「我等はこれを千貫の値ありとて千貫松と呼びて候」と答えたと言い伝えられています。


10)名島の赤い鳥居と裕次郎灯台。


11)海岸沿いに南へ向かい、芝崎方向から名島の鳥居と灯台を振り返ります。


12)芝崎の船宿。


13)葉山町教育委員会『葉山町指定天然記念物・葉山柴崎海岸および周辺水域』説明板

相模湾に面したここ柴崎海岸は、葉山層群の森戸泥岩層および森戸凝灰岩層からなる岩礁を中心とした磯で、転石地帯、砂礫地、砂地など、潮間帯付近ばかりでなく潮下帯の地形も大変変化に富んでいます。

海洋環境については、黒潮の流れによる外洋水の影響を受けるため、潮通し良く、年間を通して透明度が良いといえます。また、黒潮暖流の影響で、真冬でも水温10度以上を保っているため、暖流系生物にとって冬は棲息しやすいところです。

向芝原(岸側中央部にある植物が茂った小高い場所)、その先に広がる岩礁を中心とした周辺水域の自然は残され、ここで観察される海洋生物は貝類・魚類・海藻類その他多様です。

かつて、昭和天皇が幾度か当地へご研究に訪れ、ウミウシ類、ホヤ類、ヒドロ虫類の新種を多数発見された地でもあります。柴崎の岩礁の一つである鮫島にちなんで「サメジマオトメウミウシ」と命名されたウミウシの種類もあります。

このように、柴崎海岸は調和した生物相を示し、海洋生物の宝庫となっています。したがって、柴崎海岸のすべての生物を保護することにより、調和が保たれ、生態系が守られます。そして、保護することによって繁殖したものは周辺海域へ拡散し、葉山海岸全域の海洋生物が豊富になるという広い意味をもちます。


14)芝崎海岸。


15)一色海岸。


16)葉山しおさい公園。


●葉山町『葉山しおさい公園』

葉山御用邸付属邸跡地に開設された公園。三ヶ岡山を借景とした日本庭園には、流れ落ちる「噴井(ふけい)の滝」がある。茶室一景庵や潮見亭などの施設があり、海岸側にある黒松林からは、富士山や伊豆半島、大島などが一望できる。

なお、当公園は、大正天皇崩御・昭和天皇皇位継承の地として町の史跡に指定されている。園内には葉山しおさい博物館もある。


17)葉山しおさい博物館。相模湾の海の生物を展示。館内の撮影は禁止です。


18)日本庭園の池。


19)池のほとりの蘭。紫蘭かどうか知らん。・・・やっぱり、白んだ。


20)噴井(ふけい)の滝。


21)黒松林のなかに咲く椿の花。京唐子という種類でしょうか。


22)日本庭園の春紅葉。


23)再び一色海岸へ。カヌー同好会の皆さん。


24)一色海岸から長者ケ崎を望む。葉山町の南端になります。


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