円覚寺の境内(撮影:2007年11月7日)


1)明治時代、円覚寺境内を無理やり通って横須賀軍港への鉄道が敷設されました。


2)石段の上から振り返るとこんな感じです。線路の向こうに白露池があります。


3)円覚寺は、臨済宗円覚寺派の大本山であり、鎌倉五山第二位に列せられます。


●円覚寺『瑞鹿山大円覚興聖禅寺』より

わが国はおよそ七百年前、文永・弘安の二度にわたる蒙古軍の来襲という空前の国難を迎えた。時の執権北条時宗公はかねてより深く禅に帰依し、弘安の役のさなかにも、中国から招いた無学祖元(仏光国師)を師として、日夜参禅に励んでいた。

国を挙げてこの難敵に当り、蒙古の大軍を撃退した時宗は、文永・弘安両役に殉じた彼此両軍死者の菩提を弔い、己の精神的支柱となった禅道を広めたいと願い、且つその師仏光国師への報恩の念から円覚寺の建立を発願した。

円覚の寺号は、寺地選定の後、この地から石櫃に入った円覚経を掘り出したことによるといわれている。


4)三門。空・無相・無願の三解脱門を象徴します。


5)三門から仏殿へ。


6)仏殿。本尊の宝冠釈迦如来を祀ります。


7)境内西側のメインストリート。左手前は松嶺院の塀、その奥は選仏場の屋根。


8)メインストリートを進むと、左が選仏場、右が仏殿になります。


9)選仏場。元禄十二年(1699年)に建立された茅葺屋根の座禅道場です。


10)居士林。在家のための座禅道場です。柳生流の剣道場を移築。


11)境内の東のはずれにある鐘楼へ上る石段。弁天堂が見えています。


12)北条貞時が梵鐘を寄進するとき、弁天堂を建立して鎮守としました。


13)鐘楼。


14)国宝の梵鐘。正安三年(1301年)の制作です。


15)弁天堂から望む東慶寺。


16)弁天堂から戻って、方丈の前の門。


17)方丈。元来は住持の住む建物ですが、各種の儀式や行事に用いられます。


18)シコンノボタン(方丈前)。


19)方丈裏の庭園の紅葉。


20)方丈裏の庭園の池。


21)右は方丈の塀、正面は佛日庵。佛日庵手前の左奥に妙香池と舎利殿があります。


22)妙香池。夢窓疎石の作と伝える庭園の遺構です。


23)正続院の門から舎利殿を覗く。正続院は開山の無学祖元を祀ります。


24)国宝の舎利殿。室町時代中期の作。源実朝が南宋から請来した仏舎利を安置します。


25)佛日庵の角。左に行くと舎利殿、右に行くと佛日庵の入口になります。


26)佛日庵の開基廟前の門。入場料を払えない人もここから覗けます。


27)開基廟。北条時宗を祀ります。


28)境内の最奥にある黄梅院。足利尊氏が夢窓疎石の塔所として建立。


29)ムラサキシキブ(黄梅院)。


30)センリョウ(黄梅院)。


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