東海道戸塚宿(撮影:2008年1月25日)


1)旧東海道は国道1号線を進み、江戸見附前交差点のあたりで戸塚宿へ入ります。


2)江戸見附前交差点の角に、ステーキハウス「フォルクス」があります。


3)お店の前に『江戸方見付跡』の石碑が建っています。


4)国道1号線の元町交差点。


5)元町交差点の手前で寄り道して路地を入ると、妙秀寺があります。


6)妙秀寺境内。旧吉田橋の手前にあったとされる『左りかまくらみち』の道標です。


7)国道1号線へ戻って少し進むと、吉田大橋です。


8)広重の版画。旧吉田橋と『左りかまくらみち』の道標が描かれています。


9)柏尾川と吉田大橋(駒立橋より)。


10)視点を変えて、JR戸塚駅周辺を東側から遠望します。背景は丹沢山塊です。


11)国道1号線は、JR戸塚駅の北側で、戸塚大踏切と交差します。


12)「開かずの踏切」として有名な踏切です。


13)ようやく踏切を渡って、国道1号線の清源院入口交差点。


14)清源院。開基は、徳川家康の待女、於万の方です。


15)視点を変えて、戸塚ウエストA館より清源院。戸塚駅西口は再開発中です。


16)清源院境内から見るJR戸塚駅西口前の国道1号線。


17)清源院から戻って、国道1号線を南下します。


18)戸塚郵便局(戸塚ウエストA館より)。


19)国道1号線の戸塚消防署前交差点。


20)消防署の隣に『澤邊本陣跡』の標柱が建っています。

戸塚宿の成立は、隣宿の保土ヶ谷宿や藤沢宿より三年遅く、慶長九年(1604年)11月のことでした。澤邊本陣の初祖である澤邊宗三は、戸塚宿設置の功労者です。


21)本陣内の羽黒神社。澤邊家が故郷である出羽国の羽黒神社を勧請。


22)国道1号線をさらに南下します。


23)富塚八幡宮。

源頼義・義家の父子は、前九年の役平定のため奥州に下る途中、この地で応神天応と富属彦尊(とつぎひこのみこと、相模国造二世の孫と伝える)の神託を蒙り、その加護により戦功を立てる事ができました。これに感謝して、延久四年(1072年)に社殿を造り、両祭神を祀りました。社殿後方の地は富属彦命の古墳であり、これを富塚と称した事により戸塚の地名が発祥したと伝えられています。


24)富塚八幡宮の芭蕉句碑。

鎌倉を 生きて出けむ 初松魚(はつがつお)

句碑は、嘉永二年(1849年)に当地の俳人達が建立したものを平成十二年(2000年)に再建。鎌倉で獲れた初鰹を江戸で賞味している句のようですが、戸塚と何の関係があるのでしょう。実は、当地はもともと相模国鎌倉郡でした。昭和十四年(1939年)四月、戸塚町をはじめとした神奈川県鎌倉郡下の一町七村が横浜市に合併され、横浜市戸塚区となりました。


25)富塚八幡宮の狛犬。こどもの狛犬を連れています。


26)イタリアンワイン&カフェレストラン「サイゼリヤ」が見えてきました。


27)お店の前に、『上方見付跡』の標柱や説明板が並んでいます。


28)旧東海道は、上方見付を出ると、大坂を越えて藤沢宿へ向かいます。


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