東海道箱根宿(撮影:2008年2月22日)


1)国道1号線の元箱根交差点。旧東海道は、芦ノ湖畔を南へ進みます。


2)国道1号線、箱根神社の大鳥居。


3)芦ノ湖観光船元箱根港の手前に、「賽の河原」があります。

この地は地蔵信仰の霊地として、江戸時代東海道を旅する人々の信仰を集めたところです。その規模は大きく、多数の石仏、石塔が湖畔に並んでいました。

しかし、明治時代に入ると、仏教の排斥から多くの石仏が失われ、また芦ノ湖畔の観光開発の中でだんだんとその規模が縮小し現在のようになりました。

現存する石仏、石塔の中にも鎌倉後期と推定される艘塔を始め貴重なものがあります。


4)芦ノ湖畔、富士山と箱根神社の鳥居。江戸時代と変わらない景色でしょうか。


5)芦ノ湖観光船。


6)国道1号線に並行する「箱根旧街道杉並木」。


7)国道1号線の恩賜箱根公園入口。右に折れて箱根関所跡へ向かいます。


8)箱根関所、遠見番所。


9)箱根関所、江戸口御門。

箱根関所は、元和五年(1619年)、全国の大名達の謀叛を防ぐのを第一の目的に設けられました。武士や大名をはじめ、町民に至るまで、家族の移動や武具の移動などを厳重に取り締まりました。


10)箱根関所、江戸口御門。


11)箱根関所、大番所。


12)箱根関所、大番所前の御制札場。


13)箱根関所、足軽番所内の人物像。


14)箱根関所、京口御門。ここから南が箱根宿です。

箱根宿は、元和四年(1618年)に設置されました。古くからの箱根の町があった関所から江戸寄りの地域は元箱根と呼ばれます。関所設置に不満を抱いた元箱根の住民が本陣の提供を拒んだため、大坂寄りに急遽人工の町が作られました。最初の住民は隣接する小田原・三島両宿場の住民を強制的に移住させたといわれています。


15)芦ノ湖畔から見た箱根関所。


16)伊豆箱根鉄道の船・バス発着所「箱根関所旅物語館」。


17)国道1号線、箱根ホテル前。


18)右に箱根ホテル。背後の山腹を国道1号線が箱根峠へ向けて上ります。


19)箱根ホテル。


20)箱根ホテル前の『箱根宿楓並木の由来』説明板。

江戸時代、元和四年(1618年)、徳川幕府が箱根宿を開いた。この頃、箱根山中の街道筋に杉苗を植え杉並木を作ったが、箱根の宿場町の街路には楓の苗を植えて春夏秋冬の風趣を添えた。

この楓は、当時の宿場の中で本陣であった「はふや」の門前に植えられてあったもの。明治中期の道路拡張の際、他の全部の楓は切り払われてしまった。樹齢約400年、これ程の老楓は珍しく、他所にもあまり見ることができない。当時の本陣「はふや」は現在の箱根ホテルである。


21)箱根観光船箱根港から、箱根関所を遠望します。


22)箱根港内の『芦ノ湖』案内標識。


23)芦ノ湖の南端方面を望みます。


24)国道1号線沿いにある「雲助だんご本舗」。


25)国道1号線、芦川入口交差点。旧東海道はここで右へ分かれます。


26)駒形神社。箱根神社の摂社です。


27)芦川の石仏・石塔群。


28)箱根旧街道の入口。旧東海道は、箱根峠を越えて、三島宿へ向かいます。


◇BACK:神奈川県の東海道宿【グレゴリウス写真館の目次】

◇HOME:グレゴリウス写真館