相模国一社八幡宮(撮影:2008年4月1日)


1)相模国一社八幡宮は、神奈川県平塚市浅間町の平塚八幡宮です。

「一国一社の八幡宮」は、国衙もしくは国分寺の鎮守である国府八幡宮に由来するとされます。国府八幡宮は国府の近くにあることから、後に総社の機能を持つようになったものもあります。相模国では、平塚八幡宮が一国一社の八幡宮として、一之宮から四之宮までの四社と共に、国司巡拝の神社でした。


2)放生池と放生橋。


3)平塚八幡宮『御祭神・御祭礼・御由緒』説明板

当宮は千六百有余年の長く輝かしい歴史を持つ神社で、その昔は鶴峰八幡宮といわれました。

創祀は第十六代仁徳天皇の六十八年であります。時にこの相武の地に大地震があり、人民が非常に苦しんでいることを聞かれた天皇が国土安穏を祈願して創られたのが当宮であります。

その後、推古天皇の御代にも当地に大地震があり、人々を案じられた天皇は、当宮に「鎮地大神」の御宸筆を賜り、新宮殿を造営して国土安穏を願われました。

そのような由緒を持つ当宮は、相模の鎮めとして、朝廷の信頼あつく、記録に残るだけでも顕宗天皇は膳部の料、仁賢天皇は四千余町の土地、天武天皇は土地の税、文武天皇は宝剣、聖武天皇は法華経を寄進しておられます。

以来、相模の国一国一社の霊場として重要視され、鎌倉時代以降は武人の信仰もあつく、源頼朝公の夫人の安産を願って神馬奉納、徳川家康公の社領寄進等はよく知られています。


4)放生橋と青銅鳥居と拝殿。


5)青銅鳥居右側の狛犬。


6)青銅鳥居左側の狛犬。角があります。


7)拝殿脇の絵馬と灯篭。


8)拝殿。当宮は、応神天皇・神功皇后・武内宿禰を祀ります。


9)拝殿。


10)東側より、拝殿。


11)東側より、本殿。


12)摂社『諏訪社・若宮社・神明社』の案内板。


13)右が諏訪社、中央が仁徳天皇を祀る若宮社、左が神明社。


14)境内の道祖神。背後の丘は、古墳でしょうか。


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