大塚・歳勝土遺跡(撮影:2008年4月22日)


1)横浜市営地下鉄「センター北駅」の前。


2)『周辺案内図』で道を確認します。


3)横浜市歴史博物館。


4)博物館の屋上へ上がります。


5)歩道橋を渡って、大塚・歳勝土遺跡公園へ入ります。


6)大塚・歳勝土遺跡公園。横浜市都筑区中川中央に所在します。


7)『国指定史跡、大塚・歳勝土遺跡』の案内板。


8)大塚遺跡の入口。

大塚(おおつか)遺跡は、今から約二千年前の弥生時代のムラの跡です。外からの敵を防ぐために周囲には濠がめぐらされていました。当時は百人くらいの人々が暮らしていたようです。遺跡内には、竪穴住居七棟をはじめ、高床倉庫、型取り遺構、木橋などが復元されています。


9)環濠と土塁と柵。

環濠は台地の縁にほぼ地形に沿って掘りめぐらされ、外周六百メートルでムラを囲んでいます。竪穴住居の半数近くが火災にあっていることからも、大きな争いのあったことがうかがわれ、環濠をめぐらせてムラを守らねばならなかったのでしょう。


10)『竪穴住居跡の発掘調査時の姿』説明板

この保存された竪穴住居跡は、発掘調査時の住居跡の構造や空間を体験できるように再生したものです。

竪穴住居跡は、大塚遺跡のほぼ中央部で発見されたY-17号住居跡で、二回の立て替えが行われています。壁の一方には通路と考えられている溝がつくられています。

再生は、造形保存という方法で、発掘調査時に発見された住居跡の形や質、色合いを正確に保存するものです。

その方法は、次の順序で行われました。

1)関東ローム層を掘り込んでつくられている住居跡に、合成ゴムと石コウを利用して、表面の型を取ります。

2)型や発掘調査データを利用して、特殊加工したガラス繊維強化樹脂セメント(GRC)で住居跡の遺構面を再生します。

3)再生した表面には色の調整モルタル、保護樹脂の塗布を行い完成しました。


11)竪穴住居(Y-17号)の型取り遺構。


12)復元された高床倉庫。

遺跡からは、住居跡とともに掘立柱建物跡が発見されました。これは収穫した稲などを収めておく高床倉庫の跡だと考えられています。穀物を湿気から守るために床を高くし、出入りには梯子を使ったことが銅鐸にも描かれています。柱には、ネズミの侵入を防ぐための「ネズミ返し」が取り付けられています。

大塚のムラでは、高床倉庫が一箇所に集まることなく、三つに分かれた住居群のそれぞれに分散しており、数軒の住居群が一棟ないし二棟の倉庫を共有していました。


13)高床倉庫のネズミ返しと梯子。前に木臼が置かれています。


14)復元された竪穴住居(Y-2号)。小型の竪穴を掘り広げた跡のある大型住居。


15)復元された竪穴住居(Y-11号)。居住人数が六人前後の大型住居。


16)復元された竪穴住居(Y-39号)。ムラの標準的な中型住居。


17)復元された竪穴住居(Y-68号)。石器を作っていた大型住居。


18)復元された竪穴住居(Y-71号)。床面積44平方メートルの大型住居。


19)復元された竪穴住居(Y-74号)。床面積27平方メートルの中型住居。


20)復元された竪穴住居(Y-80号)。集会所も兼ねた、ムラ長の大型住居。


21)大塚遺跡から歳勝土遺跡へ続く墓道。

歳勝土(さいかちど)遺跡は、大塚遺跡に住んだ人々のお墓で、方形周溝墓とよばれる形をしています。低い四角形の盛り土と、その四辺を溝で囲んだ形が特長です。埋葬当時の状態や木棺を復元し、墓地の様子が分かるようにされています。


22)復元された方形周溝墓。


23)『方形周溝墓の埋葬当時を復元した姿』説明板

方形周溝墓からは、多くの場合、四辺を囲む溝と中央の棺を埋めた穴だけが見つかります。ただし、洪水で一気に地中深く埋もれた方形周溝墓などでは、溝で囲まれた部分に低い壇のような盛り土が残っていることがあります。

歳勝土遺跡から見つかった方形周溝墓には、このような盛り土は残っていませんでした。しかし、これは盛り土が長い間に崩れたり、耕作によって削られたりしたためで、本来は溝を掘った土などを積んだ盛り土があったものと考えられます。

埋葬は、主に盛り土の中央に行われましたが、溝の中から子供用と思われる土器の棺や、大きなくぼみが見つかることがあり、溝の中にも埋葬が行われていたことが考えられます。


24)復元された方形周溝墓。


25)復元された方形周溝墓の内部。


26)『方形周溝墓の埋葬内部を復元した姿』説明板

方形周溝墓の中央付近には、四角い穴が見つかることがあります。歳勝土遺跡でも、14基の方形周溝墓からこのような穴が見つかりました。

これは棺を納めた跡と考えられます。棺そのものは土の中で腐ってしまい残っていませんでしたが、穴の中の土の細かな観察によって、棺が納められていた痕跡が確かめられています。水分の多い低地に作られた方形周溝墓では、木の棺が腐らずに残っていることがあり、歳勝土遺跡の方形周溝墓の棺も、同じような木の棺であったと考えられます。


27)復元された木棺。


28)歳勝土遺跡から大塚遺跡を望む。


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