長柄桜山古墳群(撮影:2008年4月30日)


葉桜バス停

1)神奈川県三浦郡葉山町長柄、京浜急行バス「葉桜」停留所。


長柄桜山古墳群道標

2)ここから、真っ直ぐ西へ500メートル進みます。


登山口(長柄桜山古墳群)

3)登山口らしい場所に案内板が見えてきました。


案内板(長柄桜山古墳群)

4)『国指定史跡、長柄桜山古墳群』の案内板。

これまで、逗葉地区には古墳時代前期の古墳は存在しないものとされていましたが、 1999年春、二基の前方後円墳が発見されました。古墳が造営された年代は、四世紀中頃から後半と推定され、現存する古墳では、神奈川県内最大級の規模で、ほぼ完全な形で残っている極めて重要な遺跡です。


第1号墳(長柄桜山古墳群)

5)少し登ると、すぐに第一号墳に着きます。


第1号墳説明板(長柄桜山古墳群)

6)『史跡、長柄桜山古墳群第一号墳』の説明板。

第一号墳は第二号墳とともに、神奈川県内で現存する最大級の規模を誇る、古墳時代前期後半(四世紀中頃から後半)に築造された前方後円墳です。墳長90m、後円部径51m、高さ7.91m、前方部幅31.5m、高さ5.06mです。後円部北側は崩落などの影響を受けていますが、保存状況は良好です。標高は約125mで、現在残っている丘陵では最高点に位置しており、後円部墳頂部から東の方をみれば、東京湾や房総半島が眺望できます。これまでの発掘調査では、古墳のまわりから壺形の埴輪や円筒形の埴輪が出土しています。


第1号墳(長柄桜山古墳群)

7)第一号墳の後円部頂部。


第1号墳(長柄桜山古墳群)

8)第一号墳の前方部。


第2号墳道標(長柄桜山古墳群)

9)第二号墳へ向かって、さらに西へ500メートル進みます。


山道(長柄桜山古墳群)

10)稜線上の道。


第2号墳(長柄桜山古墳群)

11)第二号墳に着きました。


第2号墳説明板(長柄桜山古墳群)

12)『史跡、長柄桜山古墳群第二号墳』の説明板。

第二号墳は第一号墳とともに、神奈川県内で現存する最大級の規模を誇る、古墳時代前期後半(四世紀中頃から後半)に築造された前方後円墳です。墳長88m、後円部径54m、高さ7.3m、前方部幅45m、高さ8.7mで、保存状況は良好です。標高約100mの丘陵頂部に位置し、前方部から西には相模湾に浮かぶ江ノ島をはじめ大山、富士山が一望できます。これまでの発掘調査では、古墳のまわりから壺形の埴輪や円筒形の埴輪が出土しているほか、関東地方では珍しい葺石(ふきいし)が、古墳の表面に葺かれていることが分っています。


第2号墳(長柄桜山古墳群)

13)第二号墳の後円部頂部。いわくのありそうな小丘が築かれています。


第2号墳(長柄桜山古墳群)

14)第二号墳の前方部。展望台が築かれています。


逗子の大崎

15)展望台に登ると、逗子の入り江の西側の大崎が見えました。


第2号墳(長柄桜山古墳群)

16)第二号墳の前方部直下の斜面。さらに西へ進むと、蘆花記念公園へ入ります。


逗子市郷土資料館

17)蘆花記念公園内の逗子市郷土資料館の屋根が見えてきました。


道標(蘆花記念公園内)

18)逗子市郷土資料館の奥にある道標。


逗子市郷土資料館

19)逗子市郷土資料館の中庭。さらに降って、逗子海岸へ出ます。


逗子市郷土資料館

20)渚橋から逗子市郷土資料館を望む。


長柄桜山古墳群(大崎公園より)

21)補遺:大崎公園から長柄桜山古墳群を望む(2008年12月26日撮影)。

海岸背後の丘陵、中央の最高部が第一号墳、そこから右へ下った頂部が第二号墳と思われます。

海岸の右端に渚橋、そこから丘陵を少し登った所に逗子市郷土資料館が見えます。

奥の稜線、右は阿部倉山、左は二子山です。


●文化庁の解説より

長柄桜山古墳群は、神奈川県南東部、相模湾に面した三浦半島西岸の付け根付近の丘陵上に立地しています。第一号墳からは東京湾から房総半島を見渡すことができ、直下に逗子の入り江が迫る第二号墳からは、相模湾から遠くは富士山を望むことができます。三浦半島は東京湾口をはさんで房総半島と対面し、『古事記』に記されたヤマトタケルの東征説話の海上ルート上に位置する交通の要衝に当たります。古墳の造営の背景には、古墳時代前期における大和政権と関東を結ぶ海上交通との関係が推定され、当時の関東と畿内を結ぶ交通や南関東の地域の政治情勢を考える上で重要です。


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