城ヶ島西部の地層(撮影:2008年5月22日)


1)京浜急行バス「城ヶ島」停留所の奥に、楫の三郎山があります。


2)楫の三郎山(観光橋より)。中腹に穴の開いた岩が見えます。


3)蜂の巣状に風化された岩(楫の三郎山、三浦層群三崎層)。


4)城ヶ島京急ホテルへ向かう観光橋。


5)スランプ構造(観光橋付近、三浦層群三崎層)。

スランプ構造(地滑り構造)とは、海底などに堆積した堆積物が、固化していないうちに海底などの斜面を滑り落ち、不規則に乱堆積してできた構造です。


6)級化構造(観光橋付近、三浦層群三崎層)。

級化構造(グレーディング)とは、単層内部で構成粒子が、下部が粗粒で、上部に向かうにつれて連続的に細粒へと変化している構造です。時間とともに粒子を運搬する水流が弱まった場合や、乱泥流によって運ばれた粒子が堆積した場合に生じます。粗粒のほうが堆積した時点での下部だと分かるため、もともとの地層の上下方向を決めるのに役立ちます。


7)観光橋付近から長津呂崎(ながとろざき)の北西端の岩場を望む。


8)長津呂崎から沖を望む。岩礁の海蝕が進行しています。


9)長津呂崎の根元に、城ヶ島灯台と京急ホテルが建っています。


10)京急ホテル南西側の岩場を観察します。


11)クロスラミナのような堆積模様(長津呂崎、三浦層群三崎層)。


12)スランプ構造のような堆積模様(長津呂崎、三浦層群三崎層)。


13)スランプ構造のような堆積模様(長津呂崎、三浦層群三崎層)。


14)火炎構造の地層。


15)火炎構造の地層を切る逆断層。

逆断層とは、傾斜した破断面を境に、上側の部分が下側の部分へのしかかるような方向に動いている断層です。水平方向に圧縮応力がかかっている場所に存在します。


16)火炎構造(長津呂崎、三浦層群三崎層)。

火炎構造(フレーム構造)とは、泥質堆積物が固結していないうちに上に砂質堆積物が堆積し、その重みで上位の砂が沈み込んで下位の泥が上昇したために、層理面が炎のように不規則な形になった構造です。


17)火炎構造(長津呂崎、三浦層群三崎層)。


18)火炎構造(長津呂崎、三浦層群三崎層)。


19)長津呂湾の南岸から長津呂崎を望む。


20)長津呂湾南側の海蝕台。


21)長津呂湾の奥から、城ヶ島灯台と京急ホテルを望む。


22)海岸の岩場を東へ進むと、馬の背洞門が見えてきます。


23)馬の背洞門北西の入り江の奥に、明瞭な断層があります。


24)左の三浦層群三崎層と、右の三浦層群初音層の境界です。

三崎(みさき)層 は、約1200~400万年前に堆積した地層です。凝灰質シルト岩とスコリア質凝灰岩の互層でできています。スランプ構造や生痕化石が見られます。主として三浦半島南部に分布しています。

初声(はっせ)層は、約400~300万年前に堆積した地層です。火山から噴出されたスコリア質やパミス質の砂や礫からなる凝灰岩でできています。クロスラミナが多く見られます。三浦半島南部に分布しています。


25)馬の背洞門。


26)クロスラミナ(馬の背洞門、三浦層群初音層)。

クロスラミナ(斜交葉理)とは、水流や風の速さ、向きが変化する環境で堆積が起こったときにできる、層理面と斜交した細かな縞模様です。当時の水流などの方向が推定できます。


27)マッドボール(馬の背洞門、三浦層群初音層)。

マッドボール(偽礫)とは、海底地滑りが起こった際に、未固結のシルトがちぎれて礫のようになったものです。


28)海蝕台と海岸段丘(馬の背洞門から長津呂崎方面を望む)。


後編「城ヶ島東部の地層」もご参照ください。


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