六国見山と散在ヶ池(撮影:2008年10月28日)


1)JR横須賀線の北鎌倉第一踏切から大船方向、権兵衛踏切を望む。


2)権兵衛踏切から右折し、石段を登って、高野台の住宅地へ向かいます。


3)坂を登りきったあたりから、大船観音が見えます。


4)高野台の住宅地を進むと、六国見山森林公園の南口に着きます。


●鎌倉市『六国見山森林公園』

かつて、山頂より相模・武蔵・伊豆・上総・下総・安房の六国が望めたことから名が付いた六国見山。その山腹に広がる樹林地を、近隣の身近な緑として、自然とのふれあいや眺望景観を大切にした公園です。山頂にほど近い展望台から、視界がよい時は遠く富士山をはじめ、丹沢や伊豆の山々、またランドマークタワーを望めます。


5)麓の耕作地。


6)登山道を登ります。


7)六国見山の展望台に着きました。


8)六国見山の展望台から、鎌倉市街と逗子マリーナを望む。


9)六国見山の展望台から、源氏山方面を望む。


10)六国見山の展望台から、山崎方面を望む。


11)六国見山の展望台から、横浜みなとみらい方面を望む。


12)ここから「明月院・今泉台・散在ガ池森林公園」方面へ下山します。


13)途中のピークにある三等三角点。ここが六国見山の頂上らしいです。


●北鎌倉湧水ネットワーク『六国見山ウォーキング』

六国見山は瑞鹿山(ずいろくさん)とも呼ばれています。瑞鹿山は円覚寺の山号です。山号にはお寺の所在を示す意味があります。円覚寺の創始者である無学祖元禅師の法話を聞こうとして、白鹿が集まったという不思議な出来事から、瑞鹿山と付けられたといわれます。

郷土誌『北鎌倉ききがき』の著者である篠田健三さんによれば、「六国見山は円覚寺の参道の延長上に位置し、昔から円覚寺の後ろ山として寺から頂上まで百観音(現在、方丈の前庭に安置)が置き並べられていた霊地」とのこと。歴史学研究会会員の酒井保さんも「六国見山は円覚寺の奥ノ院的な存在で強い霊力がこもっています」と語っています。


14)「明月院・今泉台・散在ガ池森林公園」方面の登山口に出ます。道標はありません。


15)登山口のあたりから、今泉台の給水タンクが見えます。


16)今泉台の住宅地を横切り、散在ガ池森林公園へ向かいます。


17)散在ガ池森林公園の南口。


●鎌倉市『散在ガ池森林公園』

鎌倉湖とも呼ばれる散在ヶ池と、その周辺2.4kmの散歩道があり、自然がそのまま残されています。春は池の周りの桜がきれいです。冬には鴨が飛んできます。

安政(1854~1859年)の頃、この地域を裏今泉と称し、すべてが今泉山称名寺(弘法大師空海が創建したと伝えられる不動堂の別当寺)の持山で、江戸末期の住職がこの域を大船・岩瀬・今泉の三部落に無償で分与していたため、この山を「散在の山」と呼ぶようになったと伝えられています。

明治2年当時この域を統轄していた小菅谷(現在の横浜市戸塚区)の代官梅澤与次右エ門が岩瀬・今泉の部落有志を集め灌漑用水池を築造しました。「散在の山中にある池」ということで、「散在池(サンザイケ)」と称され今日に至っています。

昭和32年に大船土地改良区(代表市川治朗)が結成され「散在ガ池」の改修を行い、昭和34年完成しました。その後、昭和42~43年にかけて宅地造成があり、調整池としての機能が整えられました。


18)入口から少し行くと、道標がありました。「のんびり小径」を進むことにします。


19)「のんびり小径」は、散在ヶ池の東側を通っています。


20)散在ヶ池の畔に着きました。


21)散在ヶ池の水面。


22)散在ヶ池の岸辺。


23)池の対岸に建つ管理事務所。


24)池の畔のベンチ。


25)帰路。散在ガ池森林公園の正門から出ます。


26)帰路。江ノ電バス「今泉不動」から大船駅へ向かいます。


27)帰路。湘南モノレール大船駅前から大船観音を望む。


28)帰路。JR大船駅の横須賀線ホームから北鎌倉方向を望む。


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