石垣山城(撮影:2008年11月19日)


早川・片浦ウォーキングトレイル道標

1)JR早川駅から出発し、早川・片浦ウォーキングトレイルのコースに入ります。


小田原城(石垣山農道より)

2)坂を少し登ると、小田原城が見えてきました。


石垣山農道

3)トレイルのコースとなっている石垣山農道。ミカン畑の間を進みます。


「石垣山に参陣した武将たち」説明板

4)コースには、『石垣山に参陣した武将たち』の説明板も設置されています。


「石垣山一夜城公園」石碑

5)『国指定史跡石垣山、石垣山一夜城歴史公園』の石碑。


●小田原市『石垣山一夜城歴史公園』

石垣山は、本来「笠懸山」と呼ばれていましたが、天正十八年(1590年)、豊臣秀吉が小田原北条氏を水陸十五万の大群を率いて包囲し、その本陣として総石垣の城を築いたことから「石垣山」と呼ばれるようになりました。

この城が、世に石垣山一夜城または太閤一夜城と呼ばれるのは、秀吉が築城にあたり、山頂の林の中に塀や櫓の骨組みを造り、白紙を張って白壁のように見せかけ、一夜のうちに周囲の樹木を伐採し、それを見た小田原城中の将兵が驚き志気を失ったためと言われています。しかし、実際にはのべ四万人が動員され、天正十八年四月から六月まで約八十日間が費やされました。

秀吉は、この城に淀君ら側室や千利休、能役者を呼び茶会を開いたり、天皇の勅使を迎えたりしました。

この城は、関東で最初に造られた総石垣の城で、石積みは近江の穴太衆による野面積みといい、長期戦に備えた本格的な総構えであったといわれ、度重なる大地震にも耐え、今日まで当時の面影が大変よく残されています。

この地は国立公園区域および国指定史跡に指定されています。


「石垣山一夜城歴史公園」案内図

6)小田原市『石垣山一夜城歴史公園案内図』園内掲示(部分)。


●文化庁『史跡、石垣山』解説文

天正十八年、豊臣秀吉が北条氏の小田原城を攻略した際、築いた本陣のあったところであって、石垣山の名はその城壁の石垣に起因するものである。本陣は、四月五日着工、六月二十六日竣功、小田原城の南西2.8キロメートル余に位し、標高241.3メートルの山頂部を占め、早川を隔てて眼下に小田原方面を一望の内におさめることを得、盖し絶好の拠点である。

多く年所を歴、更に大正大震災に遇い、石垣の崩壊欠失は少なくないが、本丸を最高所として二の丸、南曲輪、井戸曲輪等が配置されて、なお、雄大な石垣もあり、旧規模よく存し、その井戸曲輪は、羨し谷状地の底部に湧出する井泉を護って特に石垣を囲らしたものであって類稀であり、且遺構略々完存し、築城の構想の並々でなかったことが察せられる。

役後廃城となったが、その歴史的意義と併せて城歴が限定されていることは、築城史上の規準となるものであり、学術上価値ある遺跡である。


石垣山城「南曲輪下の石垣」説明板

7)『南曲輪下の石垣』説明板

穴太流の野面石積みで、桃山時代の面影をよく残している。


南曲輪下の石垣(石垣山城)

8)南曲輪下の石垣。


南曲輪下の石垣(石垣山城)

9)南曲輪下の石垣。


旧城道東登口(石垣山城)

10)「旧城道東登口」を登ります。


二の丸跡(石垣山城)

11)石垣山城『二の丸跡』の標石。


二の丸跡(石垣山城)

12)二の丸跡。


櫓台跡(石垣山城)

13)二の丸跡の隅にある、櫓台跡。


本丸下の石垣(石垣山城)

14)二の丸跡から見る、本丸下の石垣。


本丸下の石垣(石垣山城)

15)本丸下の石垣。


本丸跡(石垣山城)

16)石垣山城『本丸跡』の標石。


本丸跡(石垣山城)

17)本丸跡。


天守台の基部(石垣山城)

18)本丸跡から見る、天守台の基部。


小田原市街と相模湾(石垣山城本丸跡より)

19)石垣山城本丸跡から、小田原市街と相模湾を望む。


大山(石垣山城本丸跡より)

20)石垣山城本丸跡から、大山を望む。


丹沢山塊(石垣山城本丸跡より)

21)石垣山城本丸跡から、丹沢山塊を望む。


井戸曲輪跡(石垣山城)

22)二の丸跡へ戻り、井戸曲輪跡へ向かって谷を下ります。


井戸曲輪跡(石垣山城)

23)石垣山城『井戸曲輪跡』の標石。


井戸曲輪跡(石垣山城)

24)井戸曲輪の井戸の底。


展望台(石垣山城)

25)二の丸跡の奥に、展望台があります。


生命の星・地球博物館(石垣山城展望台より)

26)石垣山城展望台から、「生命の星・地球博物館」を望む。


箱根駒ヶ岳(石垣山城展望台より)

27)石垣山城展望台から、箱根駒ヶ岳方面を望む。


箱根二子山(石垣山城展望台より)

28)石垣山城展望台から、箱根二子山方面を望む。


石垣山城祉(小田原城天守閣より)

29)補遺:小田原城天守閣から、石垣山城祉を望む(2008年12月15日撮影)。

蛇行して斜面を登る石垣山農道が見えます。右下の校舎は、小田原女子短期大学です。


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