生田緑地(撮影:2009年2月17日)


生田緑地東口

1)川崎市多摩区、生田緑地の東口。


生田緑地東口

2)生田緑地の東口。


生田緑地案内板

3)川崎市『生田緑地』案内板。


●川崎市『生田緑地』

多摩丘陵の一角に位置する市内最大の緑の宝庫で、四季を通じて訪れる人が絶えません。公営ゴルフ場のほか、岡本太郎美術館、日本民家園、伝統工芸館、青少年科学館、プラネタリウム、枡形山展望台、菖蒲園などの施設が美しい自然を背景に設置されています。


川崎市立日本民家園の本館と正門

4)東口を入ると、日本民家園の本館と正門があります。


●日本民家園『施設案内』

川崎市立日本民家園は、急速に消滅しつつある古民家を永く将来に残すことを目的に、昭和42年に開園した古民家の野外博物館です。

日本民家園では、東日本の代表的な民家をはじめ、水車小屋・船頭小屋・高倉・歌舞伎舞台など25件の建物をみることができます。

このうち、18件は国や県の重要文化財として、指定を受けております。またそれら民家に関する民俗資料などをあわせてみますと、古民家の野外博物館として日本を代表するにふさわしい内容となっています。

民家は生活の発展に応じて、さまざまな改造が加えられています。日本民家園に移築した民家は、こうした改造の経緯を解きあかす復原調査を行い、原則として建てられた当初の古い形に戻しています。また、本館展示室ではこれらの民家に関する基礎知識を学ぶことができます。


川崎市立日本民家園の正門

5)日本民家園の正門。


鈴木家住宅(川崎市立日本民家園)

6)鈴木家住宅(福島県福島市松川町)。


岩澤家住宅(川崎市立日本民家園)

7)岩澤家住宅(神奈川県愛甲郡清川村)。


江向家住宅(川崎市立日本民家園)

8)江向家住宅(富山県南砺市上平細嶋)。


そば処白川郷の案内板(川崎市立日本民家園)

9)『そば処、白川郷』の案内板。

旧山下家住宅(合掌造・県重文)の一階がそば処になっています。


梅園(生田緑地)

10)梅園。


梅園(生田緑地)

11)梅園。


噴水広場(生田緑地)

12)噴水広場。


川崎市青少年科学館本館

13)青少年科学館の本館前。


●青少年科学館『青少年科学館三つの柱』

川崎市青少年科学館は、川崎でも比較的緑のよく保全されている生田緑地公園のなかにある自然系の博物館です。ここには川崎市の自然に関する資料を展示する本館とプラネタリウム館があります。

科学館では、「市民とあゆむ自然博物館」を使命と考え、宇宙を含む川崎の身近な自然について学ぶことから、生涯学習を生涯活動へ結びつけ、自己実現する市民を育成し地域発展の一翼を担うため努力していきます。

さらに、この使命を達成するために「天文」「自然」「科学」を三つの柱としながら活動していきます。


D51形蒸気機関車(川崎市青少年科学館)

14)青少年科学館に静態保存されているD51形蒸気機関車。


川崎市青少年科学館プラネタリウム館

15)プラネタリウム館の入口。


メタセコイアの林(生田緑地)

16)「メタセコイアの林」。


メタセコイアの幹(生田緑地)

17)メタセコイアの幹。


●生田緑地『メタセコイア』説明板

水杉。一名、アケボノスギ(曙杉)。スギ科メタセコイア属。中国四川省・湖北省に分布。1945年に生木が発見され、生ける化石植物として有名。落葉高木。


川崎市岡本太郎美術館入口

18)岡本太郎美術館の入口。


●岡本太郎美術館『施設案内』

川崎市岡本太郎美術館は「自然と融合した美術館」のコンセプトに基づき、展示室を始めとするほとんどの施設が地下にあり、地上は「母の塔」を中心とする公園スペース、カフェテリアや湧水を利用した池や滝など、美術館機能だけでなく生田緑地の自然を十分に取り入れ、市民の憩の場となる設計が施されています。

また常設展示室は従来の美術館展示の概念を突き破り、岡本太郎の作品を肌で感じることのできる「体験型展示空間」をコンセプトに、絵画、彫刻、家具など、岡本太郎の多岐に渡る作品や思想とその背景をわかりやすく、感動的に伝えるための工夫をしています。


川崎市岡本太郎美術館カフェテリア前

19)岡本太郎美術館のカフェテリア前。


母の塔(川崎市岡本太郎美術館)

20)「母の塔」。


母の塔(川崎市岡本太郎美術館)

21)「母の塔」。


●岡本太郎美術館『母の塔』

高さ30mの「母の塔」が岡本太郎美術館のシンボルタワーです。「大地に深く根ざした巨木のたくましさ」と「ゆたかでふくよかな母のやさしさ」「天空に向かって燃えさかる永遠の生命」をイメージして制作された原型をもとに、岡本太郎の意図を忠実に再現して、この塔は製作されました。

岡本太郎の母・かの子は、多摩川のほとりに生まれ、生涯この河を愛した文学者でした。太郎が誕生したのも、母の実家であるこの地です。1964年に、岡本かの子文学碑《誇り》が太郎の手によって、多摩川河畔に建立されましたが、「母の塔」はこの碑と向かい合うように設計されました。

この塔の施工には、まず塔の先端から完成させ押し上げては順に製作していくという特殊な工法(ジャッキアップ工法)がとられています。まるで大地から生えてくるように、塔はゆっくりと伸びていき、六回のジャッキアップを経て完成しました。

外装は、岡本太郎の「光らせるな、輝かせろ」というイメージを実現するため、「タローホワイト」という真珠色のクラッシュ・タイルを使っています。季節や時間の変化につれて、塔はゆっくりと表情を変え、微妙な揺らぎや光をはなっています。


メタセコイアの林(生田緑地)

22)岡本太郎美術館から、「メタセコイアの林」を望む。


メタセコイアの林(生田緑地)

23)伝統工芸館付近から、「メタセコイアの林」を望む。


写真81「枡形城」もご参照ください。


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