根岸森林公園(撮影:2009年3月11日)


根岸森林公園の正面入口

1)横浜市中区、根岸森林公園の正面入口。


根岸森林公園レストハウス

2)正面入口の奥に、レストハウスがあります。


根岸森林公園案内図

3)レストハウス前の『根岸森林公園案内図』。


●横浜市『根岸森林公園』

ここは慶応三年(1867年)に外国人クラブの主催で日本初の洋式競馬が行われた場所で、明治十三年(1880年)に運営が日本競馬クラブに引継がれ、東洋一の規模を誇っていた競馬場は、昭和十八年(1943年)に戦争のため閉鎖されるまで多くの人々で賑わいました。

戦後米軍に接収され住宅地やゴルフ場などに使用されていましたが、昭和四十四年(1969年)に一部解除された土地を国から借り受け整備を開始、なだらかな地形を生かし、大きな芝生広場を中心にした森林公園として昭和五十二年(1977年)に開園しました。同時に残りの部分は中央競馬会によって競馬記念公苑が建設されました。

その後接収解除された部分に残されたJ・H・モーガンの設計による下見所、一等馬見所、二等馬見所の三つの建物は、貴賓室などを持つ一等馬見所を除き取り壊され、園地として整備されました。残る一等馬見所については利用方法を検討している最中です。

市内でも珍しく施設らしい施設がほとんどない公園で、その最大の魅力はなだらかな敷地いっぱいに広がる芝生です。気持ち良く晴れ上がった休日などはたくさんの人が思い思いにくつろいでいます。また、多くの樹木による四季折々の景観も素晴らしいもので、特に桜の時期などはとても賑わいます。

隣接する根岸競馬記念公苑の競馬記念館では、「歴史と馬」など馬をテーマにした展示を見ることができ、ポニーセンターのポニーと共に人気を呼んでいます。


桜山と旧一等馬見所(根岸森林公園)

4)レストハウスから、公園内の桜山と旧一等馬見所を望みます。


芝生広場(根岸森林公園)

5)レストハウスから石段を下って、芝生広場へ出ます。


芝生広場(根岸森林公園)

6)芝生広場の周りの遊歩道。


芝生広場(根岸森林公園)

7)芝生広場。


梅園(根岸森林公園)

8)梅林。


梅園(根岸森林公園)

9)梅林。


芝生広場(根岸森林公園)

10)芝生広場。


芝生広場(根岸森林公園)

11)芝生広場。


池(根岸森林公園)

12)池。


池(根岸森林公園)

13)池。


石段(根岸森林公園)

14)池の近くから石段を上って、旧一等馬見所へ向かいます。


サマーハウス(根岸森林公園)

15)石段を上ると、西洋東屋(サマーハウス)があります。


旧一等馬見所(根岸森林公園)

16)旧一等馬見所。米軍施設に隣接しています。


旧一等馬見所(根岸森林公園)

17)旧一等馬見所。後方に、説明パネルを展示したモーガン広場があります。


モーガン広場説明パネル(根岸森林公園)

18)『モーガン広場』説明パネル

根岸森林公園は第二次世界大戦までは、競馬場として利用されていました。競馬場には馬場のほかに、一等馬見所・二等馬見所・下見所などの施設がありました。全ての施設は、アメリカ人建築家J・H・モーガン(1877~1937)による設計でした。

J・H・モーガンは多年にわたり、根岸競馬場の施設を設計しています。設計の過程では、設計案の変更を行なっており、主な施設である一等馬見所・二等馬見所は、実際に設計された設計案のほかに別の設計案がありました。

ここでは、図面と写真で、一等馬見所・二等馬見所の設計過程及び建設された後の建物の様子、当時の競馬場の様子を紹介します。

現存している建物は、一等馬見所で昭和五年(1930年)に建設されたものです。


芝生広場(根岸森林公園)

19)旧一等馬見所に隣接する跡地は、芝生広場になっています。


芝生広場(根岸森林公園)

20)旧一等馬見所に隣接する芝生広場。


芝生広場(根岸森林公園)

21)旧一等馬見所に隣接する芝生広場。


横浜みなとみらい(根岸森林公園より)

22)旧一等馬見所に隣接する芝生広場から、横浜みなとみらい方面を望みまず。


後編「根岸競馬記念公苑」もご参照ください。


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