久良岐公園(撮影:2009年3月23日)


久良岐公園の正面入口

1)久良岐公園の正面入口。公園は、横浜市港南区と磯子区にまたがっています。


久良岐公園の案内板

2)『久良岐公園』案内板。


●横浜市『久良岐公園』

本公園は、神奈川県住宅供給公社や横浜市汐見台土地区画整理事業などによる造成地と民有地の買収などにより徐々に拡張し、現在の池のあたりから大きな谷戸が入り込んで水田となっていたところを約100万立方メートルの土砂で埋立て、運動広場、芝生広場、散策路、池、展望台などの施設を整備、昭和四十八年(1973年)に公開しました。

公園の名称は一般から募集を行い、かつてこのあたりが久良岐郡と呼ばれていたところから命名されました。港南区と磯子区にまたがって広がる自然の景観を生かし、落ち着いた雰囲気を持つ公園として親しまれています。


案内標識(久良岐公園)

3)正面入口から、公園南側の「自由広場」へ向かいます。


遊具広場(久良岐公園)

4)正面入口付近の「遊具広場」。


横浜市電(久良岐公園)

5)久良岐公園に保存されている横浜市電。


自由広場(久良岐公園)

6)「自由広場」の北側。


自由広場(久良岐公園)

7)「自由広場」の西側。


自由広場(久良岐公園)

8)「自由広場」の南側。


桜の森(久良岐公園)

9)「桜の森」。公園散策路の中央に位置しています。


桜の花(久良岐公園)

10)桜が、少しだけ咲いていました。


案内標識(久良岐公園)

11)「桜の森」から、「池・梅林」方面へ向かいます。


遊具広場(久良岐公園)

12)「棚田」の奥の「遊具広場」。


棚田(久良岐公園)

13)「棚田」。この下に、池があります。


小池または中池(久良岐公園)

14)「小池」もしくは「中池」。案内板によって名称が異なります。


大池(久良岐公園)

15)「大池」。


大池(久良岐公園)

16)「大池」の畔。


梅林(久良岐公園)

17)「梅林」。


案内標識(久良岐公園)

18)最後に、いったん道路に出て、「久良岐能舞台」へ向かいます。


久良岐能舞台入口の標柱

19)「久良岐能舞台」入口の標柱。


●横浜市『久良岐公園』つづき

公園の北側には、大正六年(1917年)に旧帝国ホテルそばにつくられ、解体保存の後、昭和四十年(1965年)ここに移築された能舞台がありました。日本画の大家平福百穂が鏡板に描いた老松の素晴らしいその能舞台の寄付を昭和六十二年(1987年)に受けた市では、宮越記念久良岐能舞台として日本庭園と共に整備を行い、現在は建物内の茶室と合わせ、能を楽しむ人々に利用されています。

日本庭園には池泉が配されており、その中を巡り歩くことができますが、入口の門からの景観は背景となる樹林に溶け込み、深山幽谷といった趣です。その中に使われている燈籠と井筒は、山下町にあった互楽荘という共同住宅の中庭にあったものです。互楽荘は昭和初期の高級アパートで、モダンな共同生活スタイルと先進的な設備は当時人々の憧れの的になったそうです。能舞台の整備と同時期に取り壊されましたが、そのとき中庭にあったそれらを譲り受け、設置しました。


久良岐能舞台入口の門

20)「久良岐能舞台」入口の門。


久良岐能舞台の建物

21)能舞台のある建物。


燈籠(久良岐能舞台)

22)寄贈された「互楽荘の燈籠」。


井筒(久良岐能舞台)

23)寄贈された「互楽荘の井筒」は、これでしょうか。


踏石(久良岐能舞台)

24)井筒のそばの踏石。


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