こども自然公園(撮影:2009年4月22日)


こども自然公園の入口

1)横浜市旭区、こども自然公園の正面入口。

相鉄線「二俣川駅」から「自然公園通り」を南に進むと、公園の正面入口です。


友愛の日時計(こども自然公園)

2)入口広場の「友愛の日時計」。


こども自然公園の案内図

3)入口広場の『こども自然公園案内板』。


●横浜市『こども自然公園』

この公園は、昭和三十年代に進められていた相鉄線沿線一帯の開発の際に、将来に向けて緑の保全を目指して立てられた都市計画に呼応するかたちで、相模鉄道から寄付された23.6ヘクタールの土地を基に、市が隣接地を買収、昭和四十三年(1968年)から整備を行ったものです。

公園の中心となっている約6600平方メートルの池は、江戸時代中期に灌漑用水池としてつくられたと伝えられ、天明の大飢饉の際には、この池の水と魚が多くの人々の飢えと渇きを救いました。その当時、池畔には弁財天が祭られ、「本宿の大池」として親しまれていたところから、現在でも別名「大池公園」と呼ばれています。

横浜の中でも最大級の面積を持つこの公園内には、大池を中心にした丘陵地にゆったりとした良好な自然が残され、四季折々の景観を楽しむことができます。特に梅林・桜山は花の季節には多くの人々で賑わいます。また、万騎ヶ原ちびっこ動物園・青少年野外活動センターなどでは、より深く自然を理解することができます。


大池(こども自然公園)

4)入口広場から、大池を望みます。


大池(こども自然公園)

5)大池の対岸から、入口広場を望みます。


弁財天の鳥居(こども自然公園)

6)大池の畔に、弁財天の鳥居と、『大池の歴史』説明板が建っています。


大池の歴史説明板(こども自然公園)

7)『大池の歴史』説明板

この池は、古くから「本宿の大池」といわれ、二俣川本宿の溜池で、元久二年(1205年)六月、畠山重忠公と合戦した北条時政の軍勢が、この池の水で炊き出しをしたと伝えられている。

また、土地の古老の話しによると、江戸時代中頃(1700年代)にこの付近の地頭の渡辺氏の命により、百姓六兵衛親子二代にわたり村内52戸の灌漑池(農業用水)としてつくられたとも伝えられている。

池畔には、弁財天の石祠が祭られており、寛政二年(1790年)二月に建立と刻まれているが、天明二年(1783年)の大飢饉で大勢の人が亡くなったことを供養して建てられたと伝えられている。

また一方では、昔ある男が鴨を撃とうとして誤って池の主の大蛇を殺してしまい、祟りを恐れて弁財天を建てたとも伝えられている。

昔からの行事としてこの池では、毎年五月五日に村人が弁財天に「お神酒上げ」をして豊作を祈った。また、旱魃(日でり)になると村人の代表数人が大山の阿夫利(雨降)神社に参拝し、「御神水」を戴いてこの池に注ぎ、弁才天様に雨が降るように「雨乞い」をした。

このような行事は昭和三十三年(1958年)ごろまで行われていた。そのころまでは、池の周辺や前の道路に桜が植えられ、花見などで大変賑わい、こども達は釣りや夏の水泳にと格好の遊びの場となっていた。

現在の池は面積6460平方メートルあり、昭和四十七年(1972年)には林とともに保存するため「こども自然公園」として生まれかわりました。


弁財天の石祠(こども自然公園)

8)弁財天の石祠。


中池(こども自然公園)

9)大池の奥に、中池があります。畔に、『めだかの学校』楽譜碑が建っています。


めだかの学校楽譜碑(こども自然公園)

10)横浜旭ロータリークラブ『めだかの学校』楽譜碑

この碑は、こども自然公園の中にある「めだかの学校の池」に因んで建てられたものです。作曲者の中田喜直先生は、旭区柏町に三十数年間在住され、この公園を深く愛されていました。そして、「夏の思い出」「ちいさい秋みつけた」「雪の降る街を」など3000曲を超える名曲を残された日本を代表する作曲家です。歌を通して豊かな自然と豊かな心がすえ永く受け継がれることを祈念いたします。


ハス池(こども自然公園)

11)中池の手前から西に進むと、ハス池と、教育水田があります。


教育水田(こども自然公園)

12)教育水田。


中池と万騎が原ちびっこ動物園

13)中池の畔には、万騎が原ちびっこ動物園があります。


万騎が原ちびっこ動物園

14)万騎が原ちびっこ動物園の入口。


●横浜市緑の協会『万騎が原ちびっこ動物園』

万騎が原ちびっこ動物園は、横浜市立野毛山動物園(横浜市西区)の分園として、こども自然公園内(横浜市旭区)に、1979年に開園しました。

この動物園では、園内にコンタクトコーナー(ふれあい広場)を設け、モルモットやハツカネズミなどの小動物と触れあいながら学習できる場を提供しています。また、天然記念物のニワトリや、クジャクバトを飼育しています。


万騎が原ちびっこ動物園

15)万騎が原ちびっこ動物園のコンタクトコーナー。


万騎が原ちびっこ動物園の奥の草地

16)万騎が原ちびっこ動物園の奥にある草地。


梅林(こども自然公園)

17)草地の向かい側に、梅林があります。


青少年野外活動センター(こども自然公園)

18)青少年野外活動センターの施設。


ドーナツ広場(こども自然公園)

19)ドーナツ広場。公園の一番奥にある広場です。


ドーナツ広場(こども自然公園)

20)ドーナツ広場。ドーナツ状に敷石が敷かれています。


遊歩道(こども自然公園)

21)ドーナツ広場からピクニック広場に向かう遊歩道。


ピクニック広場(こども自然公園)

22)ピクニック広場。広場の横を、武相堺道が通っています。


武相堺道の標柱(こども自然公園)

23)『武相堺道』の標柱。


●『武相堺道』説明板

この細い尾根道は、昔の武蔵国都築郡二俣川村(今の旭区南本宿町・大池町・柏町)と相模国鎌倉郡中川村(今の戸塚区名瀬町・泉区緑園都市)の国堺(区境)の道でした。

昔は尾根道が戸塚カントリークラブ前の小高い所まで続いており、この付近で一番高い標高(91.6メートル)で、遠く十ヶ国の山々が見えました。

そのあたりに都子(みやこ)塚があり、畠山重忠公が活躍していた鎌倉時代には、鎌倉の街の甍が見えたといわれています。

現在の都子塚は、戸塚カントリークラブから少し「こども自然公園」に寄った道路沿いの小高い場所に移されています。


桜山の階段(こども自然公園)

24)いったん大池に戻り、公園東側の桜山を登ります。


25)とりでの森。アスレチックの要素を盛り込んだ大型冒険遊具があります。


とりでの森の遊具(こども自然公園)

26)とりでの森の大型冒険遊具。


ふれあい桜橋(こども自然公園)

27)ふれあい桜橋。道路を渡って、公園東端の草地広場へ向かいます。


草地広場(こども自然公園)

28)草地広場。樹林で隔離された静寂な空間です。


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