港の見える丘公園(撮影:2009年5月14日)


横浜人形の家

1)横浜市中区。山下公園からポーリン橋を渡ると、横浜人形の家に出ます。


フランス橋

2)横浜人形の家を抜けて、フランス橋を渡ると、港の見える丘公園に至ります。


港の見える丘公園の案内板

3)パビリオン・バルタールの前にある「港の見える丘公園」案内板。


港の見える丘公園の案内板

4)パビリオン・バルタールの前にある「港の見える丘公園」案内板。

公園は、フランス山地区・展望広場地区・イギリス山地区・近代文学館地区の四地区に分かれています。


●横浜市『港の見える丘公園』

山下公園からポーリン橋、人形の家を経てフランス橋を渡ると、港の見える丘公園の入口です。この一帯は開港当時外国人居留地で、丘の上にイギリス軍、下にフランス軍が駐屯していた場所です。

接収解除後、地元の要望により公園として用地の取得が行われ、昭和三十六年(1961年)から整備に入り、昭和三十七年(1962年)五月に平野愛子さんの歌う「港が見える丘」のメロディーの中、公園の生みの親ともいうべき半井市長のテープカットにより風致公園として開園しました。

以来、フランス領事館跡地のフランス山地域、イギリスの総領事官邸であったイギリス館、昭和五十三年(1978年)に大仏次郎記念館、昭和五十九年(1984年)に近代文学館など文化の香り高い施設が次々とオープン。

また同年に人形の家とフランス山を結ぶフランス橋が開通、昭和六十一年(1986年)十月には大仏次郎記念館と近代文学館を結ぶ霧笛橋が両館と同じ浦辺鎮太郎氏の設計により開通しています。

そして、平成三年(1991年)五月には市の花バラの制定記念としてバラ園がオープン。その時初めて日本に紹介されたホワイトデライトなど約80種1800株のバラが、花の季節に多くの人々を楽しませています。

横浜のエキゾチックなイメージを代表する山手の丘の海側の顔ともいえ、公園からベイブリッジが望める絶好のロケーションとその名称から、横浜を代表する公園の一つとして人気は高く、山手の観光コースからは外せない存在となっています。


パビリオン・バルタール(港の見える丘公園)

5)フランス山地区のパビリオン・バルタール。


●『パビリオン・バルタール』説明板

この純鋳鉄製骨組は、1860年代フランスのパリに建てられ、1973年まで100年余り存続した、パリ中央広場(レ・アール)の地下の一部です。設計者の名をとって、パビリオン・バルタールと称されました。

この中央広場は、再開発のため、すべて取り壊されました。その際、横浜市が19世紀末の純鋳鉄製建造物としての貴重な学術的・文化的遺産であるため、パリ市にその一部の移設を申し入れ、パリ市当局の好意により寄贈を受け、かってフランス領事館のあったこの地に復元設置しました。


フランス山を上る階段(港の見える丘公園)

6)フランス山を登る階段。


旧フランス領事官邸遺構(港の見える丘公園)

7)階段を登ると、旧フランス領事官邸遺構に出ます。


フランス山の風車(港の見える丘公園)

8)旧フランス領事官邸遺構の横に、風車が建っています。


●『フランス山の風車』説明板(平成十六年二月)

明治二十九年(1896年)にフランス領事館とその官邸が建設された時、このフランス山には井戸水を汲み揚げるための風車が設置されました。風車が設置されたのは、レンガ造り井戸の遺構が残されている場所です。

残念ながら、フランス領事公邸で使用されていた風車の形は、写真などの資料が残されていないため判りません。しかし、同時代に使われていた「フェリス女学院の赤い風車」や「ヴィラ・サクソニアの風車」の写真から、多翼型の風車であったろうと思われます。なおフランス山の風車は、フランスに残されている資料から、明治四十二年(1909年)頃までは存在していたようです。

今回、フランス山の公園整備に際し、かってのフランス山をしのぶモニュメントとして、多翼型の風車を設置しました。風車の色は、フランス国旗の色にちなんでトリコロール(青・白・赤)に塗り分けられています。また、風車が回ると水を汲み揚げるようになっています。

今回の公園整備に伴う工事の際に、風車のレンガ造り基礎が見つかりました。井戸の北側斜面に二基、南側にやや小さめの基礎が二基の合計四基です。北側の基礎は、斜面の整備に支障をきたすため、掘り上げて新たに設置した風車を中心に、元の位置に合わせて展示しました。また南側の一基はそのままで、もう一基は園路の下に現状保存しています。


レンガ造り井戸遺構(港の見える丘公園)

9)風車からさらに奥へ進むと、レンガ造り井戸遺構があります。


●『レンガ造り井戸遺構』説明板(平成十六年二月)

このレンガ造り井戸は、明治二十九年(1896年)のフランス領事公邸竣工時に、上水道が山手まで敷設されていなかったために設置されたものです。水はすでに涸れていますが、井戸の深さは約三十メートルで、使われているレンガは、円形に積むために扇形をしています。今回、かってのフランス山をしのぶ貴重な遺構として保存整備を行ないました。

また、公園整備の工事に際し、井戸の周囲から井戸水汲み揚げ用風車の基礎四基も出土しました。右側に現状保存したのは、そのうちの一つです。


展望台の屋根(港の見える丘公園)

10)井戸の先を少し登ると、展望台の屋根が見えてきます。


横浜マリンタワー(港の見える丘公園より)

11)展望台から、横浜マリンタワーを望みます。


大さん橋ふ頭方面(港の見える丘公園より)

12)展望台から、手前に横浜人形の家、中程に大さん橋ふ頭を望みます。


大さん橋ふ頭方面(港の見える丘公園より)

13)展望台から、手前に氷川丸、中程に大さん橋ふ頭を望みます。


横浜ベイブリッジ(港の見える丘公園より)

14)展望台から、横浜ベイブリッジを望みます。


展望台(港の見える丘公園)

15)展望台の南端。


展望広場と沈床花壇(港の見える丘公園)

16)イギリス山地区から見た、展望広場地区。


沈床花壇(港の見える丘公園)

17)イギリス山地区の沈床花壇。


沈床花壇の花(港の見える丘公園)

18)沈床花壇の花。


大佛次郎記念館

19)イギリス山地区の大佛次郎記念館。


猫の像(大佛次郎記念館)

20)大佛次郎記念館の前の猫の像。


ローズガーデン(港の見える丘公園)

21)イギリス山地区のローズガーデン。


ローズガーデン(港の見える丘公園)

22)ローズガーデン。


横浜市イギリス館(港の見える丘公園)

23)イギリス山地区の横浜市イギリス館。


横浜市イギリス館(港の見える丘公園)

24)横浜市イギリス館。


山手111番館(港の見える丘公園)

25)イギリス山地区の山手111番館。


山手111番館(港の見える丘公園)

26)山手111番館。


霧笛橋と神奈川近代文学館

27)イギリス山地区から霧笛橋を渡ると、神奈川近代文学館に至ります。


霧笛橋(港の見える丘公園)

28)近代文学館地区から見た霧笛橋。


港の見える丘公園は、山下公園とペアで、かながわの公園50選の一つに選定されています。

写真95「山下公園」もご参照ください。


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