大磯城山公園(撮影:2009年10月9日)


1)神奈川県中郡大磯町国府本郷、県立大磯城山公園の正面入口。


2)南門。


●神奈川県・かながわの公園50選『大磯城山公園』

大磯町のほぼ中央、海に近い小丘陵地はかつてここに旧三井財閥が別邸を構えたところ。ゆるやかな起伏は樹林に被われ、その中に園路が走り、小高い眺望地には屋根の頂きに鶴の像がついた八角形の展望台がある。この場所はひかりの広場と呼ばれる。

園の北西隅にもみじの広場があり、日本庭園、西門、不動池、小淘綾ノ滝(こゆるぎのたき)、それに茶室「城山庵」がある。これは三井別邸時代に、国宝の茶室「如庵」があったことに因み、それを模して入念に建築されたもの。流れのある茶庭も品格がある。

やや低いところ、ふれあいの広場には、大磯町立の郷土資料館がシックなたたずまいを見せる。郷土ゆかりの考古、産業、祭り、文学などの資料が展示されている。


3)南門から展望台へ向かいます。


4)屋根の頂きに鶴の像がついた八角形の展望台。


5)大磯城山公園『展望台からの眺望』案内板。


6)展望台から、真鶴半島・伊豆半島方面。手前は、大磯西インターチェンジです。


7)展望台から、二子山・駒ヶ岳・神山。手前左は、大磯プリンスホテルです。


8)展望台から、明神ヶ岳・金時山。手前は、二宮町の街並です。


9)茶室「城山庵」へ向かいます。


10)国府橋(こうのはし)。


11)小淘綾ノ滝(こゆるぎのたき)付近。


12)『もみじの広場』標柱。


13)茶室「城山庵」の入口。


14)茶室「城山庵」の茶室。


15)茶室「城山庵」の庭。


16)茶室「城山庵」の庭。


17)北蔵。三井別邸時代の建物。現在はギャラリーとして利用されています。


18)北蔵。


19)『ひかりの広場』標柱。


20)ひかりの広場の休憩所。


21)休憩所から、江ノ島・三浦半島方面。手前は、大磯町の住宅地です。


22)『ふれあいの広場』標柱。


23)ふれあいの広場。三井別邸時代には、茶室「如庵」がありました。


24)『国宝茶室「如庵」跡』説明板

茶道大興の祖である利休門下の織田有楽斎の創案の成るところの、茶室「如庵」は、元和四年(西暦1618年)に京都の建仁寺塔頭正伝院に建造される。

その後、明治四十二年に東京の三井邸内に移され、昭和十一年に国宝建造物の指定を受け、戦火を逃れるため、昭和十三年に三井別邸城山荘(現大磯城山公園)に移建された。その時、菩提所大和松山徳源寺より唐門を、また旧正伝院書院を移建することにより、元和四年の頃の「如庵」が復元された。

その後、昭和二十五年の法律改正により昭和二十六年に改めて国宝指定された。そして、昭和四十五年に犬山市有楽苑に移建され、現在に至っている。

当時の「如庵」は、大磯町郷土資料館北側のこの場所にあって、寄付(松声寮)、書院(旧正伝院)、如庵、露地から構成されていた。


25)大磯町郷土資料館。


26)大磯町郷土資料館。


27)大磯町郷土資料館の奥に、城山横穴墓群があります。


28)城山横穴墓群。古墳時代後期(六世紀から七世紀)の築造とされます。


●神奈川県公園協会『大磯城山公園の歴史』

公園内からは縄文時代の遺跡や、横穴墓、鎌倉古道などの文化遺産が発見されています。また、中世には小磯城が建てられていました。

明治三十一年(1898年)、この地が三井財閥本家の別荘地となり、中心的建築物「城山荘」や展望室「降鶴亭」、国宝の茶室「如庵」などが建てられました。

財閥解体後はほとんどの土地が三井家の手を離れ、残った土地も放置されていましたが、その後、三井別荘跡地の再利用案として公園化計画が持ち上がり、県立都市公園整備工事が開始され、昭和六十二年(1987年)に部分開園、平成二年(1990年)に神奈川県立大磯城山(じょうやま)公園として正式に開園しました。


◇HOME:グレゴリウス写真館