元町公園(撮影:2009年11月26日)


1)横浜市中区元町、元町公園の北口。


2)『元町公園案内図』。右が北になります。


●横浜市緑の協会『元町公園』

外国人墓地の隣り山手本通りに面した公園で、深い緑の中に50メートルプールと弓道場があります。

横浜港開港まもない頃、フランス人ジェラールが、ここからわき出る良質の天然水を居留民や内外船舶に飲料水として供給していた所で、当時は「水屋敷」と呼ばれていました。他にも山手234番館、エリスマン邸、ベーリック・ホール等公園の歴史をしのばせる施設があります。


3)公園北口の門を入ると、せせらぎ広場があります。


4)せせらぎ広場。


5)せせらぎ広場。


6)横浜市『ジェラール水屋敷地下貯水槽』説明板

幕末に来日したフランス人実業家アルフレッド・ジェラールは、山手居留地77番・78番の地を得ると、谷戸に湧き出る豊富な湧水を利用して、横浜港に出入りする船舶への給水事業を開始しました。「水屋敷」の名称はここに由来しています。

またジェラールは蒸気機関を導入した工場を建設し、フランス瓦や煉瓦・土管・タイルなどの建設資材の製造・販売も手がけていました。

この煉瓦造貯水槽は工場の入口部分に位置しており、元町公園一帯が、当時のジェラール工場の敷地でした。現存するジェラール工場の遺構としては、この貯水槽のほか、元町公園内にもう一つの煉瓦造地下貯水槽(上部貯水槽)の存在が確認されています。


7)ジェラール水屋敷地下貯水槽。公園北口の門の外側にあります。


8)せせらぎ広場の奥の元町公園水泳場事務所。右は「上部貯水槽」の説明板です。


9)元町公園水泳場事務所と50メートルプール。


10)公園西側の園路。


11)横浜市『山手80番館遺跡』説明板

この赤レンガの構造物は、関東大震災前の異人館遺跡で、震災当時はマクガワン夫妻の住居となっていたところです。

この一帯は、かっての外国人居留地の中心地で、多くの外国人住宅のほか、学校・病院・劇場・教会などの西洋建築がたちならんで「異人館のまち」をつくっていましたが、今日なおその面影をそちこちに残しています。

本遺跡は、煉瓦壁体が鉄棒によって補強されており、耐震上の配慮がなされていましたが、床部のせりあがりや壁体の亀裂が随所にみられ、関東大震災による被害状況を物語っています。

現在、地下室部分を残すだけですが、浄化槽をも備え、古き良き横浜の居留外国人の華やかな暮らしぶりをうかがいしることができます。

両わきのタイルは遺構から出土したものを複製しました。


12)山手80番館遺跡。


13)公園西側の園路から、外国人墓地を望みます。


14)公園西側の園路から、山手本通り方面へ出ます。


15)山手本通りに面した、公園内の電話ボックス。


16)山手本通りの案内標識と、エリスマン邸。


17)エリスマン邸の入口。


18)エリスマン邸の二階の窓。


19)山手234番館の表札。


20)山手本通りの元町公園前バス停と、山手234番館。


21)ベーリック・ホールの表札。


22)ベーリック・ホールの入口。


23)ベーリック・ホールの二階の窓。


24)ベーリック・ホールの煙突。


写真119「山手公園」もご参照ください。


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