大庭城(撮影:2010年3月17日)


1)藤沢市の引地川親水公園から、大庭城祉の南部を望みます。


2)前画面の右へ移動。大庭城祉の中央部です。


3)前画面の右へ移動。大庭城祉の北部です。


4)引地川親水公園から小糸川沿いに北西へ進みます。右端に城址が見えます。


5)舟地蔵交差点に出ます。


6)表郷町内会『舟地蔵』説明板

地蔵尊の台座が舟型になっていることから舟地蔵と呼ばれています。

その昔、北条早雲が大庭城を攻めたとき付近一帯は沼地で、なかなか攻め入ることができませんでした。北条方は、沼近くに住む老婆から引地川の堤を切れば沼は干上ることを聞き出しましたが、秘密漏れを防ぐため老婆を斬り殺してしまいました。

その結果、北条方は、ようやく城を攻め落すことができたそうです。舟地蔵は、殺された老婆を供養するため建てられたという言い伝えがあります。


7)舟地蔵。


8)舟地蔵の少し先に、大庭城祉公園の南口があります。


9)藤沢市『大庭城祉公園案内図』園内掲示。郭の位置を憶測で記入しました。


10)南口から坂を登って「一の郭」へ向かいます。


11)神奈川県『大庭城蹟』石碑(昭和七年九月)

此地、大庭景親の居城と云ふ。後、上杉定正修めて居城せしが、永正九年(1512年)、子朝良の時、北条早雲に攻落され、是より北条氏の持城となった。廃城の年代未詳。空塹の蹟等、当代城郭の制を見るに足るものがある。


12)公園南側の「館址広場」の辺りが「一の郭」らしいです。


13)館址広場の『掘立柱建物址』説明板

大庭城は、台地上を東西に横断する三本の空堀によって、一の郭、二の郭、三の郭、四の郭に分かれています。ここは、最南の郭にあたり、北縁の空堀によって、北側の郭と区画されています。周囲には、土塁の跡が部分的に見られ、東斜面には腰郭、西斜面には二段の空堀や帯状の腰郭が残っています。

この石柱は、昭和四十三年の発掘調査で確認された高床建築の柱穴の配列(掘立柱建物址)を示したもので、実際の柱穴は現地表下50センチメートルに保存されており、これは原位置ではありません。

このほかにもいくつかの遺構が発見されていますが、この郭が大庭城のなかで、どのような役割をはたしたかは、今後の全面的な発掘調査を待たなければわかりません。


14)柱穴の位置を示す石柱(館址広場の掘立柱建物址)。


15)柱穴の位置を示す石柱(館址広場の掘立柱建物址)。


16)「一の郭」と「二の郭」を区画する空堀の位置を示す石碑。


17)「一の郭」と「二の郭」を区画する土塁。土塁の背後が空堀になっています。


18)公園の「花の広場」と「チビッ子冒険広場」の辺りが「二の郭」らしいです。


19)「二の郭」と「三の郭」を区画する空堀の位置を示す石碑。


20)「二の郭」と「三の郭」を区画する空堀。


21)公園中央の『大庭城祉』石碑と説明板

大庭城は、平安時代の末期(12世紀末)、大庭荘を本拠としておこった関東平氏の雄、大庭氏の拠点であったと伝えられますが、明らかな記録はなく、室町時代中期(15世紀後半)になって、扇谷上杉定正の執事太田道灌が、本格的な築城を行ったとされています。

その後、上杉朝良のとき、北条早雲によって攻略され、以後、小田原北条氏の支配下に置かれました。そして、天正十五年(1587年)、小田原北条氏が豊臣秀吉に滅ぼされ、大庭城は、廃城となったようです。

現在残されている土塁・空堀などの城址の構えには、小田原北条時代の改修があったものと考えられますが、雄大でかつ綿密に設計されていたことは、築山、裏門、二番構、駒寄などの地名からもしのばれます。


22)公園の「休憩広場」と「多目的広場」の辺りが「三の郭」らしいです。


23)「大芝生広場」の南側の区画。右上に石碑の背面が見えます。


24)この石碑は「三の郭」と「四の郭」を区画する空堀を示すものでしょうか。


25)公園北側の「大芝生広場」の大部分が「四の郭」らしいです。


26)公園北端の『原始・古代の集落』説明板

この台地上には、縄文・弥生・古墳・奈良・平安時代など各時代の遺物が広く散布しており、大庭城が築かれる以前から、人々の生活舞台となっていました。

これまでの数回におよぶ部分的な発掘調査でも、縄文時代の集石遺構をはじめ、弥生時代後期から古墳時代にかけての竪穴住居や方形周溝墓、さらに奈良・平安時代の竪穴住居などが、豊富な生活用具(土器・石器・鉄製品・装身具等)をともなって、数多く発見されています。

これらの貴重な資料は、特に弥生時代以後の人々が、東側の引地川や西側の小糸川流域に水田を開き、この地に大規模な集落生活を営んでいたことを物語っています。


27)付録:公園の正面口と管理事務所は、城祉の北西の麓にあります。


28)付録:公園の正面口から登ると、近世の城郭のような石垣があります。


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