長者ヶ崎(撮影:2010年11月29日)


1)横須賀市秋谷。久留和漁港付近から、長者ヶ崎の南面を望みます。


2)長者ヶ崎の南面。国道134号線沿いの海岸を北上します。


3)長者ヶ崎の南面。崖が切り落ちた先に、岩礁が続きます。


4)長者ヶ崎の南面。地層は、三浦層群逗子層の下部とされます。


5)長者ヶ崎の南面。白っぽいシルト岩と、黒っぽい砂岩の互層が見られます。


6)国道134号線の横須賀市・葉山町境界付近。


7)国道134号線から、神奈川県道路公社「長者ヶ崎駐車場」に入ります。


8)御食事処・おみやげの「池沢物産店」。


9)物産店の前の広場の端に『かながわの景勝50選・長者ヶ崎』石碑があります。


●神奈川県・かながわの景勝50選『長者ヶ崎』

三浦半島の北西岸、相模湾岸を走る国道134号から約500メートル海上に突き出た馬の背の様な奇岩が露出した岬が、長者ヶ崎と呼ばれている。

三浦半島の中央丘陵部の尾根が、相模湾の海上に向かって、大きく崩れ出したように突き出ているために「大崩れ」と呼ばれているが、この辺りは北条早雲と三浦道寸の古戦場でもあった所だ。

永正九年(1512年)、三浦半島攻略を狙う小田原の北条早雲は、現在の伊勢原市にあった岡崎城をまず攻めて、これを落とした。城主の三浦道寸は、仕方なく三浦氏の本拠地であり、自分の子義意がいる油壺の新井城に向かったが、その途中、追い迫る北条軍を迎え討ち、この長者ヶ崎の地で激しい戦いを交えた。しかし、勢いに乗った北条軍には抵抗しきれず、生命からがら新井城に落ちのびたのだった。

「大崩れ」は、地形のみならず三浦勢が総くずれとなって油壺へ退いたことにも由来すると言われている。


10)長者ヶ崎駐車場から南に、久留和漁港・立石方面を望みます。


11)長者ヶ崎駐車場から見た、長者ヶ崎先端の岩礁です。


12)葉山町の長者ヶ崎海岸から見た、長者ヶ崎の北面。


13)長者ヶ崎の北面。前画面の右になります。


14)長者ヶ崎駐車場から北に、葉山町の大浜海岸・小磯・一色海岸方面を望みます。


15)大浜海岸と神奈川県立「葉山公園」。


●神奈川県『葉山公園』より

県立葉山公園は海に面した公園です。潮風が吹き渡る松林と、目の前に広がる相模湾が、昔と変わらず海岸風景をつくりだしています。葉山御用邸に隣接するこの公園は、かつては御用邸付属の馬場でした。昭和二十一年十月、宮内省(現・宮内庁)から神奈川県に移管され、一般公開されました。

梅雨明けと同時に園内の「ハマナス花園」が鮮烈な花をまとい、海水浴客を迎えてくれます。初秋の便りが届きはじめると、訪れる人は日ごとに減りはじめ、海岸も公園も静けさを取り戻します。秋から春にかけての公園は、静かな散歩コースになります。潮騒と相模湾のおおらかな眺めを楽しむ人、読書をする人、夕焼け空を眺めに訪れる人もいます。


16)葉山公園の西洋四阿。


17)葉山公園の土手。


18)葉山公園から見た大浜海岸。画面上端のシルエットは長者ヶ崎です。


19)大浜海岸から見た長者ヶ崎。


20)最後に、小磯から長者ヶ崎を遠望します。


前編「秋谷の立石」もご参照ください。


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