荒崎(撮影:2010年12月15日)


1)先ず、荒崎海岸を遠望します(三浦市三崎町の油壷から2010年12月8日撮影)。


2)横須賀市『荒崎シーサイドコース』案内板(荒崎バス停の掲示、部分)。

荒崎公園に入り「夕日の丘」「潮風の丘」を巡ります。「展望デッキ」と記載された付近に「憩いの広場」があり、荒崎についての説明板が掲示されています。


3)横須賀市長井、荒崎公園の『夕日の丘』標柱。


4)夕日の丘。


5)夕日の丘(潮風の丘から撮影)。


6)夕日の丘の下の岩場(潮風の丘から撮影)。


7)夕日の丘の下の岩礁。


8)荒崎公園の『潮風の丘』標柱。この場所は「城山」と呼ばれます。


9)潮風の丘の絶壁。


10)潮風の丘(夕日の丘から撮影)。


11)潮風の丘の下の岩場と岩礁(憩いの広場の展望デッキから撮影)。


12)潮風の丘にある『かながわの景勝50選・荒崎』石碑。


13)石碑の付近から、憩いの広場側の絶壁を望みます。


14)前画面の右へ移動。佃嵐崎(つくだあらしざき)を望みます。


15)潮風の丘と憩いの広場の間にある入江「どんどんびき」。


16)荒崎公園の『憩いの広場』標柱。画面右奥に十文字洞が見えます。


17)十文字洞。


18)弁天島。


19)シーサイドコースは先へ続きますが、波を被りそうなので、ギブアップします。


20)横須賀市『荒崎の奇勝と歴史』説明板(荒崎公園・憩いの広場の掲示)

このあたりの海岸の岩石は、数千万年前、まだ三浦半島が海底であった頃に堆積した黒くて硬い凝灰岩と、白くて軟らかい砂岩・泥岩の層により形成されています。

またこの二種類の岩石の層は洗濯板のような凸凹をした特殊な地形となっています。これは、岩石の硬軟の差により起こる水や風などの外的な力による差別侵食ばかりでなく、水分を吸収して膨張収縮しやすい砂岩・泥岩層が、水分を吸いにくい凝灰岩層との間で長い年月をかけて変化してきたためと考えられています。

右手にある海中に突き出した小高い岩山[=潮風の丘]は城山と呼ばれ、頂上にわずかの平地を残し周囲は絶壁となっています。

かつてここは、鎌倉幕府創設に貢献のあった三浦一党の荒次郎義澄の居城跡といわれています。また幕末のころには幕府の命により彦根藩が台場を築いた所でもあります。

ここから長浜に出るシーサイドハイキングコースの終点に近い山腹には、古代の下級豪族の墓である横穴古墳群があり、昭和三十二年に横須賀市博物館が発掘調査をしたところ人骨や副葬品と思われる土器や金属器などが多数出土しました。このことは当時、この近くにかなり大きな集落があったことを物語り古代から生活するのに適した所であったことが想像できます。

潮騒が快いこの海岸からは、相模湾越しに右手から丹沢山塊、箱根連山、霊峰富士、伊豆半島、大島と遠望することができ、特にあかねに染まった夕景は、筆舌に尽くしがたい美しさです。


21)荒崎公園を出て、高台へ登ります。大楠山が見えました。


22)高台から、シーサイドコースの先途を遠望します。海岸線は波を被っています。


23)前画面の右へ移動。栗谷浜(くればま)漁港手前の岬「お仙ヶ鼻」です。


24)前画面の右へ移動。栗谷浜漁港です。


25)前画面の右へ移動。佃嵐崎です。


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