麦の栽培


■古代メソポタミア

シュメール人は、土地耕起にもちいる双柄犂(そうへいり)に、漏斗に似た条播器(じょうはき)を一時的にとりつけて播種作業を行っていた。このため種子はごく少量ですんだのである。種子はよく発芽し、成長する。

前川和也「人類の起源と古代オリエント」中央公論社


■古代エジプト

ナイル河畔に定着農耕社会が出現したのは紀元前5500年頃とされる。ナイル川の季節的増水現象が根本的に農業を規制した。増水期が終り耕地が再び露出すると、公的機関によって運河の修理や検地が行われる。農民は土地に湿り気があるうちに牛や人にひかせた犂や鍬で耕耘し、種をまく。

鈴木八司、仁田三夫「古代エジプトへの旅」岩波書店


■中世ヨーロッパ

のちの西アジアや西欧では、雑草を防ぐ目的もあって、大量の種子が散播された。多収穫が見こめたわけではないから、結果として、収量倍率は、しばしばわずか数倍といったレヴェルにとどまったのである。

前川和也「人類の起源と古代オリエント」中央公論


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