天地創造


■原初(創世記 1章 1~2節、新共同訳)

初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。

図は、ミケランジェロ作『創造の初めの日』です。


■第一日(創世記 1章 3~5節、新共同訳)

神は言われた、「光あれ」。こうして、光があった。神は光を見て、良しとされた。神は光と闇を分け、光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。

夕べがあり、朝があった。第一の日である。

図は、ドレ作『光の創造』です。


■第二日(創世記 1章 6~8節、新共同訳)

神は言われた、「水の中に大空あれ。水と水を分けよ」。神は大空を造り、大空の下と大空の上に水を分けさせられた。そのようになった。神は大空を天と呼ばれた。

夕べがあり、朝があった。第二の日である。

図は、聖書写本挿画『幾何学の原理によって創造する神』です。


■第三日(創世記 1章 9~13節、新共同訳)

神は言われた、「天の下の水は一つ所に集まれ。乾いた所が現れよ」。そのようになった。神は乾いた所を地と呼び、水の集まった所を海と呼ばれた。神はこれを見て、良しとされた。

神は言われた、「地は草を芽生えさせよ。種を持つ草と、それぞれの種を持つ実をつける果樹を、地に芽生えさせよ」。そのようになった。地は草を芽生えさせ、それぞれの種を持つ草と、それぞれの種を持つ実をつける木を芽生えさせた。神はこれを見て、良しとされた。

夕べがあり、朝があった。第三の日である。

図は、ヴィットシェフレ教会『植物の創造』です。


■第四日(創世記 1章 14~19節、新共同訳)

神は言われた、「天の大空に光る物があって、昼と夜を分け、季節のしるし、日や年のしるしとなれ。天の大空に光る物があって、地を照らせ」。そのようになった。神は二つの大きな光る物と星を造り、大きな方に昼を治めさせ、小さな方に夜を治めさせられた。神はそれらを天の大空に置いて、地を照らさせ、昼と夜を治めさせ、光と闇を分けさせられた。神はこれを見て、良しとされた。

夕べがあり、朝があった。第四の日である。

図は、フラマリオン木版画『天と地の出会うところを発見した人』です。


■第五日(創世記 1章 20~23節、新共同訳)

神は言われた、「生き物が水の中に群がれ。鳥は地の上、天の大空の面を飛べ」。神は水に群がるもの、すなわち大きな怪物、うごめく生き物をそれぞれに、また、翼ある鳥をそれぞれに創造された。神はこれを見て、良しとされた。

神はそれらのものを祝福して言われた、「産めよ、増えよ、海の水に満ちよ。鳥は地の上に増えよ」。

夕べがあり、朝があった。第五の日である。

図は、ニュルンベルク年代記『創造の第五日』です。


■第六日(創世記 1章 24~31節、新共同訳)

神は言われた、「地は、それぞれの生き物を産み出せ。家畜、這うもの、地の獣をそれぞれに産み出せ」。そのようになった。神はそれぞれの地の獣、それぞれの家畜、それぞれの土を這うものを造られた。神はこれを見て、良しとされた。

神は言われた、「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう」。神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された。

神は彼らを祝福して言われた、「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ」。

神は言われた、「見よ、全地に生える、種を持つ草と種を持つ実をつける木を、すべてあなたたちに与えよう。それがあなたたちの食べ物となる。地の獣、空の鳥、地を這うものなど、すべて命あるものにはあらゆる青草を食べさせよう」。そのようになった。

神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。

夕べがあり、朝があった。第六の日である。

図は、クラナッハ作『楽園』です。


■第七日(創世記 2章 1~4節、新共同訳)

天地万物は完成された。第七の日に、神は御自分の仕事を完成され、第七の日に、神は御自分の仕事を離れ、安息なさった。この日に神はすべての創造の仕事を離れ、安息なさったので、第七の日を神は祝福し、聖別された。これが天地創造の由来である。

図は、サン・マルコ大聖堂『第七日の祝福』です。


■解説(Wikipediaより)

『創世記』1章1節~2章4節前半では、創造主をエロヒムと呼ぶ(なお漢訳聖書では「神」と訳し、明治の日本の聖書も訳語を引き継いだ)。この物語の部分は、祭司記者資料と呼ばれる。紀元前587年に南王国ユダが新バビロニア帝国に敗れ、エルサレム神殿が徹底的に破壊され、その当時の指導者層の人々がバビロニアに強制連行された(これをバビロニア捕囚という)。規模は、数千人~数万人といわれている。圧倒的なバビロニアの神々の宗教(主神マルドゥク)に囲まれ、今までの神ヤハウェ・エロヒム信仰が危機の状態に陥り、民族が自信を失っていた。この様な状況の下で祭司職人(現在祭司記者と呼んでいる)の中から、バビロニアの神話に対抗する形で、自分たちの信仰書を作り出し(創造信仰)、この危機状況から再び生きる力を生み出していった。

バビロニアの創造物語は紀元前1500年頃に作られたと言われており、この祭司記者たちはその内容を知っていて、それを否定し乗り越えるかたちで神ヤハウェ・エロヒムを受け止め直して信仰を記述している。例えば、その神話では、新バビロニアでは極端な階層社会であり、その頂点に立つ王だけが神・神の子であり政治支配の正当化を強めているが、『創世記』では人間は全て神から神の似姿として作り出され平等(みな神の子である)であることが主張され、信仰告白されている。このように『創世記』は、素朴な伝承・神話などではなく、当時の知識階層が執筆した宗教書(表現形態は物語ではあるが神学書)である点が世界の他の天地創造物語とは異なる。

上記の経緯をたどった結果、祭司記者資料の部分ではいくつかの点でバビロニア神話との類似点が見られる。むしろ、バビロニア神話を含む先行する神話を素材にして、それらを換骨奪胎して、新しい天地創造物語を作り出したというのが実態に近い。


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