シバの女王


■シバの女王

シバの女王は、シバ王国の支配者で、ソロモンの知恵を噂で伝え聞き、遠方の国から大勢の随員を伴い、エルサレムのソロモン王のもとを訪れ、大量の金、宝石、香料などを寄贈したとされます。

図は、イランの彩色画『ソロモンの使いのヤツガシラと対面するシバの女王ビルキス』です。


■統治期間

シバの女王の統治期間は、ソロモン王とほぼ同時期の紀元前十世紀頃と推定されます。

図は、エチオピアのフレスコ画『ソロモンのもとへ旅するシバの女王マケダ』です。


■シバ王国の所在地

シバ王国の所在地については、有力視される二つの説があります。

エチオピア説によれば、女王の名はマケダと呼ばれます。この説では、ソロモン王とマケダの間に生まれた子がアクスム王国の始祖メネリク一世であると主張します。アクスム王国は、紀元前五世紀から紀元後十世紀頃まで、現在のエリトリアにある港町アドゥリスを通じた貿易で繁栄しました。

イエメン説によれば、女王の名はビルキスと呼ばれます。イエメンは、古代から交易の中心地および物資の集散地として繁栄し、「幸福のアラビア」と呼ばれました。紀元前七世紀頃には、シバ王国が、農耕の発達やインド産香料の中継貿易によって栄えたとされます。

ある時代に、シバ王国が二つの地域に広がり、その両方に女王の伝承が残されたのかもしれません。


■女王のエルサレム到着(列王記上10章 1~5節、新共同訳)

シェバの女王は主の御名によるソロモンの名声を聞き、難問をもって彼を試そうとしてやって来た。彼女は極めて大勢の随員を伴い、香料、非常に多くの金、宝石をらくだに積んでエルサレムに来た。

ソロモンのところに来ると、彼女はあらかじめ考えておいたすべての質問を浴びせたが、ソロモンはそのすべてに解答を与えた。王に分からない事、答えられない事は何一つなかった。

シェバの女王は、ソロモンの知恵と彼の建てた宮殿を目の当たりにし、また食卓の料理、居並ぶ彼の家臣、丁重にもてなす給仕たちとその装い、献酌官、それに王が主の神殿でささげる焼き尽くす献げ物を見て、息も止まるような思いであった。

図は、サミュエル・コールマン作『シバの女王の到着』です。


■ソロモン王への賛辞(列王記上10章 6~13節、新共同訳)

女王は王に言った、「わたしが国で、あなたの御事績とあなたのお知恵について聞いていたことは、本当のことでした。わたしは、ここに来て、自分の目で見るまでは、そのことを信じてはいませんでした。しかし、わたしに知らされていたことはその半分にも及ばず、お知恵と富はうわさに聞いていたことをはるかに超えています。

「あなたの臣民はなんと幸せなことでしょう。いつもあなたの前に立ってあなたのお知恵に接している家臣たちはなんと幸せなことでしょう。あなたをイスラエルの王位につけることをお望みになったあなたの神、主はたたえられますように。主はとこしえにイスラエルを愛し、あなたを王とし、公正と正義を行わせられるからです」。

彼女は金百二十キカル、非常に多くの香料、宝石を王に贈ったが、このシェバの女王がソロモン王に贈ったほど多くの香料は二度と入って来なかった。

・・・ソロモン王は、シェバの女王に対し、豊かに富んだ王にふさわしい贈り物をしたほかに、女王が願うものは何でも望みのままに与えた。こうして女王とその一行は故国に向かって帰って行った。

図は、ジョヴァンニ・ディミン作『ソロモンとシバの女王』です。


■キリストの預言(ルカによる福音書11章 31節、新共同訳)

「南の国の女王は、裁きの時、今の時代の者たちと一緒に立ち上がり、彼らを罪に定めるであろう。この女王はソロモンの知恵を聞くために、地の果てから来たからである」。

図は、バルトロメ・ベルメホ作『人祖たちを楽園に導くキリスト』です。アダムとイヴ、メトセラ、ソロモンとシバの女王が、義人たちの列を先導しています。


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