狩の使(伊勢物語)


伊勢物語・狩の使・系譜

●はじめに

朝廷では、宴会等の用に供するため、五位の蔵人などを勅使として諸国に派遣して鷹狩をさせました。実は、地方政治の査察が目的であったとされます。在原業平がこの勅使として伊勢国へ派遣されます。

文徳天皇皇女で伊勢斎宮となった恬子内親王は、母の紀静子から、在原業平を常の勅使よりも懇ろにもてなすように言いつかります。業平は、静子の兄である紀有常の娘、すなわち静子の姪、内親王の従姉妹を妻としていました。業平は、あろうことか、斎宮である内親王に言い寄ります。

以下に伊勢物語第六十九段「狩の使」の本文を参照します。図は、東京国立博物館所蔵「異本伊勢物語絵巻(模本)」です


異本伊勢物語絵巻(東京国立博物館)

●狩の使(伊勢物語第六十九段)

むかし、男(在原業平)ありけり。その男、伊勢の国に狩の使にいきけるに、かの伊勢の斎宮(恬子内親王、文徳天皇皇女、惟喬親王の同母妹)なりける人の親(紀静子、文徳天皇更衣、兄の紀有常の娘は業平の妻)、「つねの使よりは、この人よくいたはれ」といひやりければ、親の言(こと)なりければ、いとねむごろにいたはりけり。朝(あした)には狩にいだしたててやり、夕さりは帰りつつ、そこに来させけり。かくてねむごろにいたつきけり。


異本伊勢物語絵巻(東京国立博物館)

二日といふ夜、男、「破(や)れて逢はむ」といふ。女もはた、いと逢はじとも思へらず。されど、人目しげければ、え逢はず。使ざねとある人なれば、遠くも宿さず。女の閨(ねや)近くありければ、女、人をしづめて、子(ね)一つ許(ばか)りに、男のもとに来たりけり。男はた、寝られざりければ、外のかたを見出して臥せるに、月のおぼろなるに、小さき童を先に立てて、人立てり。男、いとうれしくて、わが寝(ぬ)る所に率(ゐ)て入りて、子一つより丑(うし)三つまであるに、まだ何事も語らはぬに帰りにけり。男、いとかなしくて、寝ずなりにけり。


異本伊勢物語絵巻(東京国立博物館)

つとめて、いぶかしけれど、わが人をやるべきにしあらねば、いと心もとなくて待ち居れば、明けはなれてしばしあるに、女のもとより、ことばはなくて、

君や来し/我や行きけむ/おもほえず/夢か現か/寝てかさめてか

男、いといたう泣きてよめる。

かきくらす/心の闇に/まどひにき/夢うつつとは/こよひ定めよ

とよみてやりて、狩に出でぬ。


異本伊勢物語絵巻(東京国立博物館)

野にありけど、心は空にて、こよひだに人しづめて、いととく逢はむと思ふに、国の守(くにのかみ)、斎宮の守(いつきのみやのかみ)かけたる、狩の使ありと聞きて、夜ひと夜酒飲みしければ、もはらあひごともえせで、明けば尾張の国へ立ちなむとすれば、男も人知れず血の涙をながせど、え逢はず。


異本伊勢物語絵巻(東京国立博物館)

夜やうやう明けなむとするほどに、女がたよりいだす杯の皿に、歌を書きて出したり。とりて見れば、

かち人の/渡れど濡れぬ/えにしあれば

と書きて、末はなし。その杯の皿に、続松(ついまつ)の炭して、歌の末を書きつぐ。

又逢坂(またあふさか)の/関は越えなん

とて、明くれば尾張の国へ越えにけり。

斎宮は水の尾(清和天皇)の御時、文徳天皇の御むすめ、惟喬の親王(これたかのみこ)の妹。


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