バラモン教の神々


■ローカパーラ

四世紀頃、古代インドにおいて、ヴェーダの宗教であるバラモン教と民間宗教が融合することによりヒンドゥー教が成立します。

ヴェーダの時代に重要な神であった「インドラ、アグニ、ヴァルナ」に代わって、ヴェーダでは脇役に過ぎなかった「ブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァ」が重要な神となります。

ヒンドゥー教の汎神論的な教義の許では、ヴェーダの多神教的な神々には従属的な地位しか与えられませんでしたが、ある人々はこれらの神々に愛着を持ち続け、中でも卓越した神々に護世神としての役割を付与します。

「ローカパーラ」は、「世界の守護者たち」の意で、護世神の総称です。八方位をそれぞれ一柱のローカパーラが守護しているとされます。

[東] 雷神インドラ(帝釈天)
[南東]火神アグニ(火天)
[南] 冥界神ヤマ(閻魔天)
[南西]太陽神スーリヤ(日天)
[西] 水神ヴァルナ(水天)
「北西」風神ヴァーユ(風天)
「北」 財宝神クベーラ(多聞天、毘沙門天)
「北東」月神チャンドラ(月天)/神酒ソーマ

ここでは、バラモン教の主要神という視点で、ローカパーラの八神を概観します。

備考:南西のローカパーラをラークシャサ(羅刹天)ないし ニルリティ(涅哩底王)、北東のローカパーラをイシャーナ(伊舎那天)とする伝承もあります。


■雷神インドラ

インドラは、インド神話における雷神です。紀元前十四世紀のミタンニ・ヒッタイト条約文の中にも名前があることから、小アジアやメソポタミアなどでも信仰されていたことが確認されます。

『リグ・ヴェーダ』においては、インドラには最も多くの讃歌が捧げられ、その数は全体の約四分の一を占めます。火神アグニ、水神ヴァルナとともに、バラモン教の中心的な神です。

インドラは、天空神ディヤウスと地母神プリティヴィーの息子です。千年間母親の胎内に宿っていますが、生まれてすぐに他の神々からの嫉妬を恐れた母に捨てられ、更に父からは敵意を向けられます。そのため、一人旅に出て、世界を放浪します。

インドラは、神酒ソーマを好み、強大な力を発揮する武器ヴァジュラ(金剛杵)を持ちます。暴風神マルト神群を配下とし、人々を苦しめる凶暴にして尊大な魔神ヴリトラと戦います。

ヒンドゥー教の時代になると、インドラは中心的な神としての地位を失いますが、神々の王としての権威は保持され、『ラーマーヤナ』には天空の神として登場します。また、インドラの武器ヴァジュラは、依然として雷を象徴する威力ある武器とされます。

インドラは、ローカパーラの一柱として、東の方角を守護します。仏教では「帝釈天」と漢訳されます。


■火神アグニ

アグニは、インド神話における火神です。アーリア人の拝火信仰を起源とする古い神だと考えられ、イラン神話のアータルとも同じ起源を持つとされます。

『リグ・ヴェーダ』では、冒頭の讃歌を始めとして、インドラに次いで多くの讃歌がアグニに捧げられています。

アグニは、火のあらゆる属性の神格化として、天上にあっては太陽、中空にあっては稲妻、地にあっては祭火など、世界に遍在します。また、「家の火、森の火」や「心中の怒りの炎、思想の火、霊感の火」としても存在します。さらに、人間や動物の体内にあっては食物の消化作用として存在し、健康、子孫繁栄、家畜の繁殖などをもたらします。

アグニは、赤色の体に炎の衣を纏い、二つ顔と七枚の舌、二本または七本の腕と三本の足を持つ姿で描かれます。誕生については、天空神ディヤウスと地母神プリティヴィーの息子とする説、ブラフマーの創造した蓮華から誕生したとする説、太陽または石から生まれたとする説などがあります。また、誕生後すぐに両親を食い殺したとも言われます。

アグニは、ローカパーラの一柱として、南東の方角を守護します。仏教では「火天」と漢訳されます。


■冥界神ヤマ

ヤマは、インド神話における冥界神です。イラン・インドの神話共有時代にまで遡る古い神格で、アヴェスターの聖王イマと同起源とされます。

『リグ・ヴェーダ』では人間の祖ともされます。ヤマとその妹ヤミーとの間に最初の人類が生まれ、やがて人間で最初の死者となります。父のヤマは、死者の楽園の王、死んで天界にある人を支配する神となります。インドでは、古くは生前によい行いをした人は天界にあるヤマの国に行くとされました。

後になると、ヤマは黄色い衣を着て頭に冠を被り、手に捕縄を持ち、それによって死者の霊魂を縛り、自らの国に連行するとされます。さらに、冥界を支配して死者を裁き、地獄に落とす恐るべき神とされ、ついには、骸骨の姿をした死の病魔トゥルダクを従える死神とされます。現在のインドでは、ヤマは青い肌で水牛に乗った姿で描かれます。

ヤマは、ローカパーラの一柱として、南の方角を守護します。仏教では「閻魔天」と漢訳され、地獄の王とされます。


■太陽神スーリヤ

スーリヤは、インド神話における太陽神です。

誕生については、天空神ディヤウスの息子とも、雷神インドラの息子ともされます。また、原初の巨人プルシャの目から生まれたとも言われます。太陽神のために全身から高熱を発しており、生まれた時に母親に放り出されたとされます。

金髪に三つの目、そして四本の腕を持つ姿で現されます。七頭の馬が引く戦車に乗って天空を翔り、インドラと並ぶ実力を持つとされます。

スーリヤは、ローカパーラの一柱として、南西の方角を守護します。仏教では「日天」と漢訳されます。


■水神ヴァルナ

ヴァルナは、インド神話における水神です。古代のイラン・インドの神話共有時代における始源神であり、友愛と契約の神ミトラとともに太古のアスラ族であるアーディティヤ神群を代表した神です。

イランでは、宇宙の秩序と人類の倫理を支配する神とされ、ゾロアスター教が成立してからは秩序と正義の神アフラ・マズダーとされます。ひいては契約の神にもなり、ミタンニ・ヒッタイト条約文にもヴァルナの名があげられています。

インドでは、『リグ・ヴェーダ』などの諸ヴェーダにおいて、雷神インドラ、火神アグニとともに重要な位置に置かれ、天空神、司法神、水神などの属性をもたされます。この段階ですでにブラフマー神によって始源神としての地位を奪われます。さらに後には死者を裁くヤマ神に司法神としての地位を奪われます。残る水との関係から、やがては水の神、海上の神という位置づけが与えられます。

ヴァルナは、ローカパーラの一柱として、西の方角を守護します。仏教では「水天」と漢訳されます。


■風神ヴァーユ

ヴァーユは、インド神話における風神です。イランにおける風神ウァユにあたり、語源を等しくすることから、イラン・インドの神話共有時代にまで遡る古い神格とされます。

『リグ・ヴェーダ』ではインドラ神と密接に結びつき、三界(天・空・地)のうち、空界をインドラとともに占めます。

時代とともに宗教的地位は低下しますが、『マハーバーラタ』の英雄ビーマや、『ラーマーヤナ』の猿将ハヌマーンはヴァーユの息子とされ、いずれも風神の化身と呼ぶにふさわしい活躍を見せます。

ヴァーユは、ローカパーラの一柱として、北西の方角を守護します。仏教では「風天」と漢訳されます。


■財宝神クベーラ

クベーラは、インド神話における富と財宝の神です。

クベーラは、ヴェーダの時代にも名前が見えますが、神となるのはヒンドゥー教の時代になってからです。地下に埋蔵されている財宝の守護神であり、彫刻などでは太鼓腹の目立つ姿で描かれます。

クベーラは、ヴィスヴェーシュヴァラの子で、ヤクシャ(夜叉)族の王とされます。ラークシャサ(羅刹)族の王であるラーヴァナとは、異母兄弟に当たります。

クベーラは、千年の修行がブラフマー神に気に入られ、神となることができ、さらに天を飛行する戦車プシュパカ・ラタを授かります。

ランカ島(セイロン島)を都としますが、異母兄弟ラーヴァナと対立して島を追われ、また戦車プシュパカ・ラタをも奪われます。

シヴァ神と親しく、ヒマラヤのカイラス山にある都アラカーに居住します。ヤクシャ(夜叉)をはじめ、ガンダルヴァ(乾闥婆)、ラークシャサ(羅刹)など多数の半神族がクベーラにかしずき、都は栄光と壮麗さに満ちていたとされます。

クベーラは、ローカパーラの一柱として、北の方角を守護します。仏教ではクベーラの父の名に由来するヴァイシュラヴァナという呼称が「多聞天」と漢訳され、また、「毘沙門天」と音写されます。


■月神チャンドラ(神酒ソーマ)

ソーマは、ヴェーダの祭祀で用いられる一種の興奮飲料です。ゾロアスター教でも同じ飲料(神酒ハオマ)を用いることから、共通の起源を持つとされます。

『リグ・ヴェーダ』は、第九巻全体がソーマ讃歌であり、その重要性が知られます。ソーマは、神々と人間に栄養と活力を与え、寿命を延ばし、霊感をもたらす霊薬とされます。神々はこれを飲用して英気を養い、詩人は天啓を得るためにこれを使います。

ヒンドゥー教では、月が神々の酒盃と見なされたため、ソーマは月の神とも考えられ、ナヴァグラハ(九曜神)の一柱である月の神チャンドラと同一視されます。

チャンドラ(ソーマ)は、ローカパーラの一柱として、北東の方角を守護します。仏教では「月天」と漢訳されます。


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