太陽神ヘリオス


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■太陽神ヘリオス

ヘリオスは、ギリシア神話における太陽神です。太陽の輝く光輪を冠した美男子として描かれます。

ヘリオスは、毎日、天空に太陽の戦車を馳せて大地の果ての外洋(オケアノス)へと向かい、毎夜、内海を渡航して東へ戻ります。曙の女神エオスがヘリオスを先導し、月の女神セレネが後に従います。

図は、ミュンヘンのニンフェンブルク宮殿の天井フレスコ画『太陽の戦車に乗るヘリオス』です。作者はヨハン・バプティスト・ツィンマーマンです。


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■密告者

ヘリオスは、常に天空にあって地上のすべてを見ているとされます。

ヘパイストスの妻であるアプロディテがアレスと浮気した時、ヘリオスは浮気をヘパイストスに密告します。ヘパイストスは、目に見えないほど微細な網を作って抱き合った恋人たちを捕え、見世物にして懲らしめます。

ハデスが豊穣の女神デメテルの息女であるペルセポネを冥府へと連れ去った時、ヘリオスはデウスが誘拐に加担したことをデメテルに教えます。デメテルは激怒し、オリュンポスを去り、大地に実りをもたらすのをやめ、姿を隠します。

図は、アントン・ラファエル・メングス作『真昼の擬人化としてのヘリオス』です。マドリードのモンクロア宮殿の所蔵となっています。


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■系譜

ヘリオスは、ヘシオドス『神統記』によれば、ティタン族の兄ヒュペリオンと妹テイアの息子です。曙の女神エオスと、月の女神セレネは、ヘリオスの姉妹です。

ヘリオスと、オケアノスの息女ペルセイスの間には、四人の子供が生まれます。第一子アイエテスはコルキスの王となります。第二子キルケは魔女として有名です。第三子パシパエはクレタ島の王ミノスの妻となります。第四子ペルセスは兄アイエテスを追放してコルキスの王となりますが、後にアイエテスの息女メデイアに殺されます。

ヘリオスと、エチオピア王メロプスの妻クリュメネとの間には、ヘリアデスと呼ばれる息女たちと、息子のパエトンが生まれます。

図は、トロイアのアテナ神殿のレリーフ『ヘリオス』です。ハインリッヒ・シュリーマンによって発見され、ベルリンのペルガモン博物館の所蔵となっています。


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■パエトン

エチオピア王メロプスの妻クリュメネは、太陽神ヘリオスとの間に、ヘリアデスと呼ばれる息女たちと、息子パエトンを生みます。

パエトンは自分の父が神であると自慢しますが、それを友人のエパポスに馬鹿にされたため、母クリュメネに父が神である証拠を求めます。そこでクリュメネは、ヘリオスの館を訪ねることを勧めます。

パエトンはヘリオスのもとに行って一日だけ太陽の戦車を駆ることを願います。しかしパエトンは戦車を曳く天馬たちを御することができず、進路をはずれて地上に大火災を起してしまいます。この時、ナイル川は砂漠の中を流れるようになり、アフリカの人々は肌の色が黒くなったとされます。

ゼウスは、太陽の戦車の暴走を止めるために雷を投げ、パエトンは雷に撃たれてエリダノス河に墜落します。

図は、アイヒシュテット領主司教宮殿(バイエルン州)の天井フレスコ画『パエトンの墜落』です。作者はヨハン・ミヒャエル・フランツです。


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■ヘリアデス

パエトンがゼウスの雷に撃たれて墜落した後、母のクリュメネと姉のヘリアデスたちは、嘆きながらパエトンを探して世界中を放浪します。そしてついに、エリダノス河畔に墓を見つけます。

弟が死んだことを嘆き悲しんだヘリアデスたちは、次々とポプラの木に姿を変え、その涙は琥珀になったとされます。

図は、フィレンッエのヴェッキオ宮殿のフレスコ画『ポプラの木に姿を変えるパエトンの姉妹たち』です。作者はサンティ・ディ・ティトです。


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■キルケ

太陽神ヘリオスと女神ペルセイスの息女であるキルケは、アイアイエ島に住み、気に入った人間の男がいると島に連れて行って養い、飽きると魔法で獣や家畜に変えて暮らしています。

ホメロス『オデュッセイア』によると、アイアイエ島にたどり着いたオデュッセウスの部下たちが、キルケの差し出す食べ物を食べて豚に変えられてしまいます。オデュッセウスのみは、魔法を打ち消す効力のある薬草をヘルメスからもらっていました。

キルケは、魔法が効かないオデュッセウスに屈して、部下たちを元の姿に戻します。オデュッセウスはキルケの魅力にとりつかれ、一年間をキルケとともに過ごします。

図は、ドッソ・ドッシ作『風景の中のキルケと恋人たち』です。ワシントンのナショナル・ギャラリーの所蔵となっています。


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■ロドス島の巨像

ロドス島の巨像は、紀元前三世紀頃にロドス島に建造された、太陽神ヘリオスをかたどった彫像(コロッソス)です。古典古代における「世界の七不思議」の一つとされます。

紀元前323年にアレクサンドロス大王が急死すると、マケドニア帝国は有力な将軍たちの抗争によって分裂し、ディアドコイ戦争に突入します。この戦争においてロドスはプトレマイオス一世に協力し、紀元前304年にアンティゴノス一世の軍隊を退けます。

ロドスの人々はこの勝利を祝い、太陽神ヘリオスへの感謝の証として巨像を建造します。巨像は着工から十二年後の紀元前284年に完成しますが、五十八年後の紀元前226年にロドスで地震が発生し、巨像は膝から折れて倒壊します。

プトレマイオス三世は再建のための資金提供を申し出ますが、ロドスの住民は神に似せた彫像を作ったことが神の怒りに触れたと考え、再建を拒否します。巨像は八百年間にわたってそのまま放置され、その間に残骸を見物するために多くの人々が訪れます。

八百年後の654年、イスラム帝国ウマイヤ朝の初代カリフであるムアーウィヤ一世の軍隊がロドスを征服します。巨像の残骸はエデッサの商人に売却され、商人は彫像を破壊して青銅の屑にし、九百頭のラクダの背に積んで持ち去ったとされます。


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